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大佛次郎による『不思議國のアリス』


 昭和21年に創刊された月刊誌『少年讀賣』では、創刊号から『不思議國のアリス』の連載が始まった。キャロルの物語のリライトで、文は大佛次郎、絵が猪熊弦一郎が担当している。創刊号(10月号)に掲載された連載第一回の副題は「兔を追つて」。原作の第一章「Down the Rabbit-hole」を、4ページ分のスペースの中で展開している。
 続いて創刊2号は、用紙事情の厳しい終戦直後のこととて、二ヶ月合併号(11・12月合併号)となっている。ここでもページ数は4ページ。第二回でタイトルの「不思議國」に「ふしぎこく」とルビが振られる。副題は「兔の家」となっており、原作第二章の冒頭、巨大化したアリスのシーンから涙の池、鼠を初めとする動物たちと岸へ上がり(コーカス・レースと鼠の尾話は省略)、ダイナ(大佛は「ディナ」としている)の話をすると、鼠が逃げ、その後「うちのディナつたら、ほんとうに、おとなしいのよ。鳥をとるのは上手だけど、鼠なんて喰べやしないわ」と言ったために他の動物も逃げてしまう。兔に女中と間違えられ、使いに遣られた兔の家で瓶の中身を飲むまでが紹介されている。
 第三話は昭和22年正月特別号に掲載された。ページ数は今までと変わらず、4ページ。第三話の副題は「犬の子」。話は兔の家で巨大化したアリスの場面から、兔の家を抜け出し、犬と鉢合わせ、そこからの脱出までが物語られる。原作とは違い、アリスがビルを蹴り出すのは、「その煙突にはアリスは片足を入れてゐましたから、思はず、その足を動かして伸して見ました」と、わざと蹴ったのではないことになっている。そして、ビルが蹴り出された後では「なんて、あたし、惡い子かしら」と反省している。
 そして、またもや用紙事情のために2・3月合併号となった創刊4号に第四回が掲載される。全4ページ。題はなんと「カルタの裁判」。そう、裁判までのエピソードをすべて飛ばして、この回が最終回となるのだ。この号より仮名遣いが現代仮名遣いになる。話は、前の回で犬から逃げたアリスが、「歩いているうちに、へんなところへ出て來ました。これが御殿の中で、王様と女王様とが正面にある高い段の上に立派な椅子に腰掛けています」とあり、裁判に入り込んでしまう。そして、なぜかこれまで登場しない帽子屋が証人として出廷し(料理人は省略)、次に証人としてアリスが呼ばれる。代名詞の詩はなく、大きくなったアリスと女王の口論、そして、アリスの「なに、いうのよ。みんな、トランプのカルタのくせに。そんなに威張ることないわ」との言葉でトランプが舞い上がり、そしてアリスがお姉さんに起こされる。「アリスは妙な夢を見たと思つて、感心しました」という文で話は終わる。

 なんとも唐突な最終回である。第三回まで、省略はありながらも丁寧にリライトをしていたのが、いきなり裁判になって話を終わらせた。不人気であったのか、あるいは他に理由があったかで、第三回が終わった後、急に打ち切りが決まった、そんな印象を与える。
 大佛次郎は『宝島』や『ジキルとハイド』など、ちゃんとした翻訳もあり、それだけに話の筋を追うだけのリライトを行い、しかもそれが話の半分もゆかない内に打ち切り同然の終わり方で話を終わらせている『不思議國のアリス』は、なんとも中途半端な印象を与える。終わらせたのが雑誌の編集部の事情であるのか大佛の意志によるものであるのかもはっきりとは判らない。現代仮名遣い移行の、まさにその号で打ち切りになっていることから、国語改革との関連も考えられそうであるが、これも推測に過ぎない。

 いづれにせよ、大佛次郎と『アリス』という組み合わせは原作すべてを消化することなく、断片のみを残した「幻の翻訳」になってしまった。

本稿は、日本ルイス・キャロル協会ニューズレターThe Looking-glass Letter第84号(2005年)に掲載したものです。


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