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ルイス・キャロルの本名は?


 ルイス・キャロルの本名は? と聞かれた場合、Charles Lutwidge Dodgsonであると知っている人は少なくないだろう。では、これをどう読むか? チャールズ・ラトウィッジ・ドジスン(あるいはドジソン)と読むのが普通だろう。実際、日本のキャロル関連の本の殆どはこの読みになっている。しかし、Dodgsonが本当に「ドジスン」と発音したのかということになると「そうではない」という説がある。
 日本でこのことを紹介したのは、記憶にある限り、雑誌『図書』(岩波書店)1999年10月号に掲載された上田恭一郎「アリスとオックスフォード大学博物館」が最初である***。ここで上田氏は稿の終わりに余談といった感じでDodgsonの発音について述べている。BBC Pronouncing Dictionary of British Names (Oxford)では、『不思議の国のアリス』の作者Dodgsonの発音は「ドドソン」あるいは「ドッドドン」となっているというのだ。そこで著者はキャロルが自分をドードーに喩えたことについて「ドードー、ドドソン」となるほうが自然であると書いている。
 次に岩波少年文庫の脇明子訳『不思議の国のアリス』の訳者後書きに出ている。
……ただし、私の手もとにあるBBC地名人名発音辞典によれば、Dodgsonという姓には「ドジソン」と「ドッドソン」のの二通りの読み方があり、キャロルの場合はドッドソンなのだそうです。にもかかわらず、ドジソン、あるいはドジスンと呼ぶのが日本の通例になっているのは、「ドジ」という響きが、生きることに決して器用とは言えなかったキャロルに、いかにもぴったりに思えるからかもしれません。
 72年の映画版『不思議の国のアリス』でも『ドリームチャイルド』でも、やはり「ドジスン」と発音しているi)ので、必ずしも「ドジソン(ドジスン)」とするのが日本だけの習慣というわけでもなさそうだ。
 さて、仮にDodgsonを「ドドソン(ドドスン)」と発音するのであれば、一つ納得できることがある。ゲイナー・シンプソンへ宛てた1973年12月27日付の手紙で、自分の名前には「G」がつく、つまりDodsonではなくDodgsonであると、やんわり注意するくだりがあるのだ。ここを高橋康也訳(『少女への手紙』新書館)では「ドヅソン」ではなく「ドジソン」だ、という風に訳している。「ドジソン(ドジスン)」という発音を前提に考えれば「G」を書き落としたケアレス・ミスということになるが(「柴田」を「紫田」と書き間違えるような)、「ドドソン(ドドスン)」という発音であったと考えれば、子供らしく発音通り書いてしまった故のミス、ということになる(「太田」を「大田」と書き間違えるような)。ある意味ではこのミスこそがDodgsonを「ドドソン(ドドスン)」と発音していた証拠とも云える。
 文献的には「ドドソン(ドドスン)」ということになりそうだが、直接的な(音声による)証拠はないものか。キャロルの親戚(大甥や大姪)が自分の姓をどう発音しているかを調べるとしても大して意味はない(時代により発音が変わってくることは珍しくない)。そう考えていたときに決定的な証拠が見つかった。1998年にNHKで放映された、英国BBC制作「不思議の国のルイス・キャロル 〜「アリス」を生んだ数学者〜」を視直していたところ、アリス・ハーグリーヴズのインタビュー映像の中で彼女が"Mr Dodgson"の言葉を発音していたのだ。そして、その発音は「ドジスン」ではなく「ドドスン」であった(音声ファイル――238kb――参照ii))。
 「ドドソン(ドドスン)」の発音でほぼ間違いないであろう。

[附記]
*実際の発音はどうあれ、現在の日本での慣習に従い、本サイトでは「ドジスン」の表記で統一する。
**BBC Pronouncing Dictionary of British Namesは現在絶版であり、この稿を書いている時点で原典には当たっていない。つまり「孫引き」の状態でこの稿を起こした。原典を確認した後で改稿の可能性があることをお断りしておく。
[2001年12月3日附記]
i) コーラル・ブラウン演じる晩年のアリスのみ「ドドスン」と発音している。
ii) NHKで放映した、英国BBC制作「不思議の国のルイス・キャロル 〜「アリス」を生んだ数学者〜」より録音。アリス渡米時(1932年)のインタビューであり、音声について著作権は消滅している。
[2002年12月5日附記]
***大西小生さんから情報を頂きました。この「ドジスン」「ドドスン」については1983刊行の飯島淳秀訳『〈国際児童版 世界の名作〉9巻 ふしぎの国のアリス』(講談社)の解説でも触れられているとのことです。私自身もその後児童文学の事典で見つけたりしたのですが、これは外国の事典の翻訳でした。今回、大西さんの情報により、キャロルの名前の発音について日本で問題にされたのは、そんなに新しいことでもない(少なくとも1983年にまで遡りうる)ことがはっきりしました。大西さんにはこの場を借りてお礼申し上げます。

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