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第七話

 ムグツヴィッヒ男爵は太っていた 1 。いかに太っているかというと、均整、あるいは主に人間の姿の美観を超越していると、このページの三文作者は形容するが、そんなものではない。だが、確かに男爵は太っていて、そのことには一点の疑いもない。身体が太っているのは、この男爵が折に触れ聞いている話というものが、なるほど厚かましく、図太いということによるのだろう。いつもの会話では、男爵は、少なくともぼんやり、はっきりしない話し方であったが、夕食後のような時には言葉も興奮し、聞き取れなくなってしまう。これは多分男爵が話す際の自由気ままな話し方、挿入句の前後ではっきりと間を置かない話し方のために、文の中で節の区切りが出来ないためであろう。話を聞いている人が当惑し、あっけにとられていることから、男爵はてっきり自分の議論が答えようがなく非常に複雑なものだから、敢えて答えようとする人間がほとんどいないのだと思っていた。
 とはいえ男爵は、自分の話がはっきりしない分を話の長さで埋め合わせていた 2 。そのせいで、今話題にしている朝に訪問した人間はというと、請じ入れられるまで門のラッパを三度も吹く羽目になった。と、いうのも、その時に従僕が主人から説教されていたからだ。説教はおそらくは昨日の夕食についてではあるが、話の中に他のことも混じっていたもので、従僕ははっきりしない印象を受けた。一部は自分が漁獲市場をしっかり見ていなかったことを叱り、一部では鉄道株について男爵はどう考えるかの説明を受け、一部では月世界の財務 3 の不手際をあげつらう、というように。
 そんなことを思っていたものだから、「男爵はご在宅ですかな?」との問いに「魚のことでしたら、コックの仕事でございますよ。私には何の関わりもございません」と答え、すぐに言い直して「列車が遅れまして、ワインを急いで持ってくるというのは不可能でした」と答えたとしても驚くには当たらない。「こいつ、狂ってるのか、酔っぱらってるのか!」訪れた男の一人が怒ったように叫ぶ。マントを羽織った、謎めいた男に他ならない。「そうでもあるまい」と優しい声で返事し、大魔術師が前へ出た。「だが、話を訊かねばならんな――おい! 君!」大声で続けて、「汝の主人はご在宅かな?」暫く従僕は魔術師を寝ぼけたような目で見ていたが、突然我に返ると答えた。「相済みません。お客様がた、男爵は在宅にございます。どうぞお入り下さい」言いながら二人を階上へと上げた。

 部屋に入ると二人はお辞儀をし、椅子に掛けていた男爵は珍しくもすぐに叫んだ。「お二方があの血迷ったスロッグドッドのためにやって来られたとしても、前にもあいつに言ったように――」「やって来たのは」魔術師が重々しくさえぎって「確かめるためでしてな。一体――」「そう」興奮して 4 男爵が引き取る。「何十回も、何十回も言ったんだ。信じてくれようがくれまいが構わないが、それでも――」「確かめるというのは」魔術師は繰り返す。「一体、あなたがお持ちなのか 5 、もしそうなら――」「ところが」ムグツヴィッヒが割って入る。「あいつときたらいつもそうだ。それに、言うことだって――」「もしそうなら」マントの男が叫ぶ。魔術師が話を最後まで言えないと諦めてだ。「知りたいのは、あなたがシニュール・ブロフスキにどうなって欲しいのか、ということだ」そういうと二人は数歩下がって男爵の返事を待った。主人は間髪を入れず驚くべきこと 6 を話した。「とはいえ私には怒らせようという腹はなく怒りといっても考えてみれば怒るのは私の方であって本当にもし数え上げてみれば男爵はもちろんどんな人間より多いわけでそれというのも家族の機嫌は何年も限界を越えていることが知られておりいや王室ご一家でさえそれに比べればほとんど自慢などできないのだが考えるにあの男のことで長いこと知らなかったのはただあの悪党ブロフスキの言うことで何でまたあれが嘘をついたのか解らないというのは私はずっとあの男が全くの正直者と思っていたからでもちろんあの男が無実 7 であると証明されればと願っているわけでその杖なのだがこいつがそのためにはどうしても必要で済まないが蝦蟇や他のいかさま物について考えたものの話はわれわれの間だけのことでたとえわが山賊どものうち二人 8 を遣って一人がそいつを昨日持ち帰ったので金の詰まった財布を与えたので満足してくれればと思っているのだが山賊を雇うというのはいつでも特にこの場合には考えてみてくれればいいが私に幾分礼儀正しく振る舞ったことを勘定に入れても言わせて貰えば何物かがあるわけでついでに言えば多分それがあいつの身投げしたいやつまりあいつが窓から落ちた――」そこで男爵は一息ついたが、見れば訪問者は諦めて部屋を出てしまっていた。さあ読者よ、最終話を読む覚悟を。

1.このラコニア風に簡潔な開始はフッド『奇物変物』中の「私のシェイカリー叔母は巨体であった」に幾分似通っている。どちらがオリジナルであるかを述べる必要はほとんどない。
2.長さというものがあらゆる明晰さを埋め合わせるものであると理解して頂かなくてはならない。たとえこの見解を支持していたように見える演説家たちが確かに存在していたとしても。
3.この話題についての我々の情報は非常に限られている。おそらくは、月の住人が月を急降下させたように見えるからではないか。月の「落ちるのが早い」と言われているから。
4.何を興奮して? 思慮深い読者が訊ねるだろうことは疑いない。状況から考えられる唯一の説明としては、ついさっきまでの従僕との口論のためだろう。
5.お解りのように、「運命の杖」のこと。
6.話の流れの中で起きたであろうちょっとした難問や矛盾についてあらかじめ用意された答えを、注意深い読者自身で発見して下さることを望む。この科白の中で、急に話題を変えてしまうことに劣らず話の流れが全く遮られなかったことが驚くべきことだ。
7.読者がブロフスキが何の件で有罪なのかと訊くのも無理はない。その答えは第一話のブロフスキを参照するだけで良い。
8.これでマントの男の正体が判る。

訳註
トマス・フッド(Thomas Hood:1799〜1845)。引用は『奇物変物』(Whims and Oddities: 第一シリーズ:1826、第二シリーズ:1827)第一シリーズの「いけなくなった子」(The Spoiled Child)冒頭の一文。