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第六話

 シーッ! 男爵が寝ている! 男が二人、抜き足差し足で男爵の金庫 1 を持って行こうとしている。金庫はとても重く、二人は足が震えている。半分は重さのため、半分は恐怖のためだ。男爵がいびきを掻いたので二人とも逃げ出した。金庫がガタガタいってるが、時間がない、二人は急いで部屋から出ようとした。金庫を窓から出すのは、本当に、本当に大変だったが、なんとかやっつける。ただ、音を立ててしまった。並の人間なら十人も起こそうかというような音だ。幸い、男爵は並の人間ではなかった。

 城から離れてもう大丈夫というところで金庫をおろし、蓋をこじ開けにかかった。延々四時間 2 、ミスター・ミルトン・スミスと件の怪しい風体の相棒が蓋と格闘し、夜明け時に蓋は弾け飛んだ。その時の音たるや火薬庫が五十も爆発した時 3 よりも大きく、四方何マイルまでも響き渡った。男爵はその音で寝床から飛び起き、無茶苦茶に呼び鈴を鳴らした。驚いた奉公人は慌てて階段を上がって行った。再び階段を下りている時には、震えながら話していた。なんとも「殿様は慌てふためいている風で、火掻き棒 4 を投げていたな。それもいつもの野蛮さに輪をかけて!」だが話を二人の冒険者に戻そう。爆発で気を失っていた二人は、気が付くやすぐさま中身を改め始めた。ミスター・M・スミスがおずおずと箱を覗き込む。相棒は地面に伸びたまま、億劫で起きあがることも出来ないでいる。
 一分ほど間があって、ミスター・M・スミスは長いため息をつき、声を上げた。「いや! そんな馬鹿な!」
「そんな馬鹿な!」怒って相棒が繰り返す。「そんな風にじっとしてても何にもならんだろ。ぼけっとしてないで箱の中に何があったのか言ってくれ」「君!」と詩人、「名誉に賭けて――」「あんたの名誉になんざ二ペンス 5 だって払いたくないね」と切り返す。乱暴に手で草をむしる。「箱には何があったんだ。大事なのはそれだ」「うむ。だが聞きたくないだろうな。今言おうとしたところだ。何も入っていない、あるのは杖だけだ! それだけだよ。信じられなければ自分で見たらいい!」
「何言ってるんだ!」相棒は叫んで飛び起きる。億劫さは飛んでいった。「他にもある筈だ!」「ないと言ってるだろう!」むっとして詩人が答え、草に寝ころんだ。
それでも相棒は箱を開け、隈なく見るまで得心しなかった。それから杖を人差し指でぞんざいにくるくる回しながら、「思うに、こいつをムグツヴィッヒ男爵のところへ持っていっても無駄なんじゃないか? 役に立ちそうもない」「さあ、知らんね!」いくぶんためらった答えが返ってきた。「持っていった方がいいだろう――知ってのように、男爵は何が欲しいか一言も言ってないのだから」
「そんなことは判ってるさ、この間抜け!」いらいらして割り込む。「でも、男爵が杖を欲しがっていたとは思えんだろ! これだけだ、っていうなら、銀貨十ターレルも出してこの仕事に俺たちを雇うと思うか?」「何とも言えんね」詩人が呟く。「ふん! 好きにしたらいいさ!」怒った相棒は、言うなり杖を詩人に投げつけると急ぎ足で去って行った。
 帽子とマントの男は、この大儲けできる絶好の機会を棒に振ったのだ! その日の十二時 6 、ムグツヴィッヒ男爵に来客が告げられた。そして我々の詩人が杖を手に入ってきた。男爵の目は喜びで輝き、急いで金貨の入った財布を詩人に手渡して言った。「今はさらば! またすぐに連絡をするよ!」そして注意深く杖をしまい込んで、呟いた「欲しいものは揃った。あとは蝦蟇だけだ!」
続く

1.後で判ることだが、中身は非常に少ない。第四話註9参照。
2.おそらく午前一時くらいから始めたのだろう。
3.この音の大きさは想像するより他ない。こんな実験は今まで行われたことがないのだから。
4.おそらく真っ赤に焼けたものだろう。第三話参照。
5.故に我々は、名誉には大体三ペンス半の値打ちがあったと結論する。「盗人間にも名誉あり」ということわざがあるが、泥棒の間では三ペンス分の値打ちというのが相場であろう。
6.よってスロッグドッド男爵のところからムグツヴィッヒ男爵のところまで歩いて七時間かかることになる。