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『アリス』映像レビュー


映像化作品

タイトル製作年・国
不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
1903・英国
実写/アニメの別監督
実写監督:パーシー・ストウ、セシル・ヘプワース
主な出演者
メイ・クラーク(アリス)
レビュー

 史上初めて映画化された『アリス』。2003年に発売された、1966年ジョナサン・ミラー版Alice in WonderlandのDVDに特典映像として収録されていた。オリジナルの時間は10分ということだが、ここでは8分半ほどの収録時間である。一部カットがあったというより、現存しているフィルムがこれだけだということなのだろう。
 無声映画であり、時間も短いということから判るように、物語を映画で再現したものではなく、『不思議の国のアリス』の場面を紙芝居風に見せた、といった作りである。
 場面は以下の通り。

  1. アリスが時計を持った白兎を追いかけて穴に飛び込む。
  2. トンネルを兎を追って行く
  3. ホールで兎を見失う。カーテンの影のドアを見つけたが小さくて通れない。
  4. Drink meの瓶の中身を飲んで、小さくなる。
  5. 鍵がかかっていてドアが開かない。Eat meと書いた箱の中身を食べて、大きくなる。
  6. ドアを通る事ができず、泣き出す。泣きながら、落ちている扇を拾って仰ぐと小さくなる。
  7. 庭へ出て来ることができたアリスは犬に出会う。
  8. 白兎の部屋へ入ったアリスは、身体が大きくなり出られなくなる。扇のことを思い出して事なきを得る(家の中で大きなアリスが困っているカットと、アリスの手が窓から突き出ているのを家の外から写したカットあり)。
  9. 公爵夫人の家の外で蛙に出会う。
  10. 公爵夫人の家で、公爵夫人から赤ん坊を取り上げる。
  11. 公爵夫人の家から出て来ると、赤ん坊が豚に変身する。
  12. 森の中でチェシャ猫に出会う。
  13. 気違いお茶会。(最後に帽子屋たちがヤマネをティーポットに入れようとする)
  14. 白兎を先頭に歩いてくる、ハートの女王たちの行列に出会う(トランプの兵たちは子供が演じている)。行列には魚の伝令や蛙の伝令、帽子屋もいる。
  15. クロケー場。ハートの女王と諍いになり、首切り役人が来る。それを突き飛ばしたところ、トランプの兵たちに追いかけられ、アリスは逃げる。
  16. そして、夢から覚める。

 当時のこととて、細かなカット割りもなく、各場面ではほとんど視点が固定されている。その中でアリスが大きくなったり小さくなったりするわけだ。映像化する際の解釈やストーリィのカット/改変の批評といった賢しらは、ことこの時期の映画に対しては無意味だろう。今に残る貴重な映像の財産である。

(追記2009.4.25)
 本作はWHDより2009年に発売された1915年版『不思議の国のアリス』(国内盤)にも収録された。

(追記2010.3.8)
 British Film Instituteが、このフィルムのプリントを修復したものをアーカイヴとしてWeb上で公開し、オンラインで閲覧可能となった。Alice in Wonderland restoration



タイトル製作年・国
Alice's Adventures in Wonderland1910・米国
実写/アニメの別監督
実写監督:エドウィン・S・ポーター
主な出演者
グラディス・ヒューレット(アリス)
レビュー
 1910年、エジソンがキネトスコープのために作った映画。これも2015年のAlice 150 Conferenceで観ることができた。以下簡単に場面の展開を紹介する。
  1. 川辺でお姉さんと一緒にいるアリス。その目の前を白兎が通り過ぎる。
  2. 追いかけたアリスは兎穴に落ちる。
  3. ホールに落ちるアリス。そこには壁中にドアがあり、部屋の真ん中にテーブルが。
  4. どのドアを試しても開かない。テーブルの上に鍵があるのを見つけたアリスはそれを試してゆくと、カーテンに隠れた小さなドアが開いた。だが、ドアが小さすぎてアリスは外へ出られない。
  5. テーブルの上に瓶が現れた。それを飲むとアリスは小さくなる。だが、鍵をテーブルの上に忘れていたアリスはドアを開けられない。
  6. ケーキを食べたアリスは大きくなる。
  7. 大きくなったアリスの近くを白兎(アリスに比較してとても小さい)が通り過ぎる。
  8. 泣いたアリスは(大きいままで)自分の涙の池に落ちる。
  9. 池から出てきたアリスは小さいドアをこじ開け、手をそこから出す。
  10. アリスは手で外にいる白兎はじめ動物たち(手に比較してとても小さい)を招くが、逃げられる。
  11. 白兎の忘れた扇子を見つけたアリスはそれで自分を仰いで小さくなり、ドアから外へ出る。
  12. アリスは巨大な犬に出会う。
  13. 公爵夫人の家の前でクロッケーの招待状のやりとりをアリスは見る。そして家の中へ。
  14. 公爵夫人にアリスは赤ん坊を預けられる。
  15. 森の中。赤ん坊は豚になり、木の枝にチェシャ猫が出現。
  16. 気違いお茶会。
  17. 女王の庭。バラを赤く塗る園丁たちと話していると女王の行列が来る。バラを見た女王が園丁の首を切れと言うが、アリスが彼らを逃がす。
  18. 女王のタルト盗難の裁判。
  19. 証人として帽子屋が呼ばれる。帽子屋が去ると料理人が呼ばれる。
  20. アリスが証人として証言台に立つ。「あなたたちなんかトランプじゃない」という言葉で、カードがアリスに襲いかかる。
  21. アリスが目覚めて幕。
 全篇が十数分ではあるが1903年版『不思議の国のアリス』より時間が延びていることもあり、裁判の場面が取り入れられている。面白いのは、後の映画では省略されることの多い、犬との出会いを1903年版同様に取り入れていることだ。これは短い時間で、劇にはない、特殊効果を使った映画らしい面白さを見せようということで小さなアリスと大きな犬という場面が好まれたのではないか。
 この映画で特記したいのは、アリスが兎穴を縦に落ちるということだ。1903年版『不思議の国のアリス』ではアリスは横穴を歩いて行った。これはカメラ内での多重露光しか使えないという、当時の光学合成の技術的な限界のため、アリスの背景を動かしてアリスが落ちてゆくように見せることができなかったからだ。しかしこの映画ではアリスは縦に落ちる。これは、アリスのいる場所を黒バックで撮影し、アリスのいる部分を挟んだ画面の両側に、画面下から上へ動く背景を強い光を当てて撮影して合成したのであろう。アリスのいる部分(穴の中)は真っ黒で全く上下の動きがなく、左右の白い光の部分が下から動くように見え、結果としてアリスが落下しているように見せている。そして、次のカットで、ホールにアリスを上から落とす。これで兎穴を落ちたように見える。 
この、強い光を当てた合成というのがこのフィルムの特徴。アリスの大きさが変わる部分でも、1903年版『不思議の国のアリス』では背景を真っ黒にして前景のアリスを二重に撮影することで合成を行っている。そのためアリスは普通に見えるが、その背景は何もないところになる。ホールでアリスの大きさが変わる場面がそうだが、背景の壁の模様は、大きさの変わる時には真っ暗でほとんど見えない。一方、こちらの合成では、背景は普通に撮影するが、アリスに強い光を当てて、それで背景とアリスが重なる部分を目立たなくしている。アリスの姿がほとんど白飛びを起こしてしまうので、アリスと背景が重なるところも白で飛んでしまう。その結果背景が二重写しになる心配はないが、まるで変身するかのように、大きさが変わるたびにアリスが光ることになる。大きな犬の合成、チェシャ猫が出現する時の合成も同じ。オプティカル・プリンターが発明される前、特殊撮影をどう行っていたかという技術史的な面白さを感じることができる一篇といえる。



タイトル製作年・国
不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
1915・米国
実写/アニメの別監督
実写監督:W.W.ヤング
主な出演者
ヴァイオラ・サヴォイ(アリス)
レビュー
 1903年版と同様、最初期の『不思議の国のアリス』映画であり、貴重な映像遺産といえる。上映時間が長い(自分の見た映像で42分、Internet Movie Databaseの記録では52分)ため、かなり忠実に原作を映像化している。少し、この映画の筋を紹介しよう。

 ある夏の日、アリスの母はタルトを作っていた。台所で邪魔をして怒られたアリスは姉に連れられ、川岸へ。姉が本を読んでいるうちにアリスは眠ってしまう(ここで「Alice enters Dreamland」の字幕が出る)。白兎が現れ、アリスに手招きする。眠っていたアリスから、もう一人のアリスが実体を離れて起き出し、白兎について行く(この場面、起き出したアリスが半透明になっている。今でも映像で使われる実体から意識が抜け出る演出そのままだ)。「TO THE WONDERLAND」との標識を通り過ぎ、兎穴へと入って行く。穴から落ちた先のホールでは、鍵に合うドアを探すくだりのあと、小さなドアから庭が見える。しかし、アリスの体の大きさでは、ドアを通ることはできない。悲しくなったアリスが泣いていると、鼠が通りかかるので、アリスは鼠についてゆく。
 川から上がったアリスと鼠は体を乾かそうと焚き火を始める。鼠は、乾かすにはコーカス・レースが良いとドードーが言っていたといい、アリスと鼠は動物会議の会場へと行く。その会場でアリスがうっかり猫の話をしてしまったため、動物たちは逃げて行く。
 通りかかった兎がアリスに、手袋と扇子がないと言い、そのまま立ち去る。アリスが歩いていると兎の家があり、兎が家へ戻るのを見る。家から兎が出て行った後、アリスは兎の家に入り、扇子と手袋を見つける。と、それを外から見た兎が家へと石を投げようとする。逃げ出したアリスは青虫に会う。
 青虫の前でアリスは「ウィリアム父っつぁん」の詩を暗唱する(画面では、ウィリアムと息子の対話がテニエルの絵そのままに展開される。逆立ち、とんぼ返り、鰻の扱い、と)。青虫は、自分の一番好きな連、議論するから顎が丈夫という連が抜けていると言って去る。
 公爵夫人の家へ来たアリス、赤ん坊を連れて出ると赤ん坊は豚になってしまう。豚を逃がしたアリスは森の中でチェシャ猫に出会う。ここでアリスは三月兎の家へ行く、と言う。
 次の場面は森の木の前。木の幹にあるドアを抜けると、ハートの女王の庭だった。バラに色を塗る園丁、女王のクロッケー大会のくだりに続き、クロッケー場の上空にチェシャ猫の顔が現れる。騒ぎの中、怒った女王は「皆の首を刎ねよ」と言い、来客はみな、首切り役人に追いかけ回される。後に残ったのはハートの女王とアリスのみ。女王は海亀フーに身の上話をさせると言い、アリスをグリフォンの所へ連れて行く。
 グリフォンとともに海亀フーの所へ行ったアリスは海の中の学校の話を聞き、海老のカドリールを見たいかと尋ねられる。踊りを始めようとすると、海からロブスターが二匹、海岸からモーニングを着たセイウチが二頭現れ、グリフォンたちと六匹で踊る。踊りが終わった所へ白兎が現れ、裁判があるとアリスを誘って行く。
 裁判では証人として帽子屋(三月兎、ヤマネも同席)、公爵夫人の料理人が出てきて、最後の証人はアリス。アリスが「あんたたちなんか、トランプじゃないの」と言って夢から覚める。アリスは姉と一緒に家へと帰るのであった。

 この映画で特徴的なのは、最初にアリスの夢であると明言していることと、アリスの身体の大きさが全く変わらないことであろう。前者については、当時の観客に解りやすいようにとの配慮であろうが、後者については、技術的にも問題なく表現できるだけに、なぜ改変したのかは解らない。やや残念な点である。アリスの夢であることを明言していることから、不思議の国の登場人物に関連する様々なモチーフに、現実世界でアリスは出会っている。家では母親がタルトを作っており、川岸へ行く途中では、アリスは道を走っている白兎を捕まえ、木の上にいる梟(動物会議に登場)や木の上で座っている猫を見、豚舎に入って仔豚を抱くのだ。1933年パラマウント版『不思議の国のアリス』の冒頭のチェスや白兎、1998年版『鏡の国のアリス』の冒頭の部屋のおもちゃ、そして、1999年版『不思議の国のアリス』の『オズの魔法使い』的趣向の原点ともいえる。おそらく原作の最後の場面の、夢と現実との対応がヒントになっているのであろう。
 また、映画の興味深い点は、不思議の国の登場人物がテニエルの絵そのままに造形されていることである。全くの縫いぐるみなのだが、テニエルの絵の特徴をよく捉えており、縫いぐるみの造形だけでいえば、1933年パラマウント版『不思議の国のアリス』よりも上かも知れない。後の作品に頻出するような、役者の顔を出すというようなことはない。これは、役者が実際に科白を喋らない無声映画だからこそできたことかも知れないが、原作の好きな人間としては、非常に嬉しい点である。
 一点、自分の見た映像で気になったのが気違いお茶会の場面がなかったこと。後の裁判でお茶会の三人組が出てくることや、最初の方の動物会議の場面で三月兎が少し写ること、それに自分の見た映像が、実際の映画より10分ほど短かったことを考えると、上映段階ではこの場面は存在していたと思うのだが……。

(2009.4.25追記)
 完全版DVDがWHDより国内発売された。「気違いお茶会」の場面はやはりなく、チェシャ猫と会ったところで最初のリールが終了、次のリールの冒頭は木の幹のドアの場面であった。

(2015.10.18追記)
 2015年10月9日、New Yorkで開催されたAlice 150 Conferenceにてこの映画の復元版が上映された。チェシャ猫の場面の次にお茶会の場面が存在していた。



タイトル製作年・国
Through the Looking-Glass(1927年無声映画版)1927・米国
実写/アニメの別監督
実写監督:W.W.ヤング
主な出演者
ヴァイオラ・サヴォイ(アリス)
レビュー
 2015年10月9日、ニューヨークで開催されたAlice 150 Conferenceで上映されたものを観た。
 1927年公開とされるが、本来この映画は1915年版『不思議の国のアリス』と同時に撮られたもの。よってこちらにも1915年版『不思議の国のアリス』の登場人物たちが出てくる。現在存在が確認されているのは映画のごく一部、白の騎士の下りから物語の終わりまで。気になるのは、このフィルムがパートカラーのように見えること。撮影時の1915年にはまだテクニカラーは開発されておらず、使ったとすればキネマカラーということになるが、はっきりしない。
 資料的な意義があると思われるので、以下に簡単にフィルムの概要のみ記す。
  1. この場面の最初は白黒でアリスと白の騎士の対話、そして川を渡るアリス。
  2. ここからカラーになり白兎(原文はBunny)。が現れ、アリスに王冠を被せる。
  3. 白と赤の女王が現れ、パーティの招待をした後消える。
  4. 白兎が現れ、アリスを案内する。
  5. と、ハートの女王の行列。
  6. 白黒になり、森の中の鳥コンビ、海岸でセイウチのコンビ。海亀フー。
  7. 再びカラー。女王アリスのパーティにアリスが白兎に連れられ現れる。
  8. みな連れだって会場へ。パーティ。このあたり、カラーが褪せた感じ。
  9. 料理のマトンが飛んで行き、大騒ぎ。
  10. 終わりに一同挨拶。



タイトル製作年・国
不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
1933・米国
実写/アニメの別監督
実写監督:ノーマン・マクラウド
主な出演者
シャーロット・ヘンリー(アリス)、リチャード・ガレイアー(白兎)、レイモンド・ハットン(鼠)、ポリー・モラン(ドードー)、ネッド・スパークス(芋虫)、アリスン・スキップワース(公爵夫人)、リチャード・アーリン(チェシャ猫)、エドワード・エヴェレット・ホートン(帽子屋)、ジャッキー・サール(ヤマネ)、チャールズ・ラグルス(三月兎)、メイ・ロブスン(ハートの女王)、ウィリアム・オースティン(グリフォン)、ケイリー・グラント(海亀フー)、ルイス・ファゼンダ(白の女王)、フォード・スターリング(白の王)、エドナ・メイ・オリヴァー(赤の女王)、ジャック・オーキー(トゥィードルダム)、ロスコー・カーンズ(トゥィードルディー)、メイ・マーシュ(羊)、W.C.フィールズ(ハンプティ・ダンプティ)、ゲイリー・クーパー(白の騎士)
レビュー

 映画『ドリームチャイルド』で、渡米したアリスが『不思議の国のアリス』の映画を撮影しているという話を聞く、というくだりがある。その映画というのがこれ。制作年から考えてもキャロル生誕百年を見込んだ企画であろう(『ドリームチャイルド』では海亀フーをビング・クロスビーが演じる、という科白があるが、実際にはケイリー・グラントが演じている)。
 ストーリィは『不思議の国』『鏡の国』をうまくまとめて紹介した、といった感じ。時期は冬、アリスと家庭教師の会話のシーンで始まり、アリスが部屋にあるチェスの駒や、窓の外で雪の中を走っている白兎を見たりしている。そのうち眠り込んだアリスを見て家庭教師が部屋を出て行く。そのドアの音で目を覚ましたアリスが鏡の向こうに興味を持ち、暖炉の上へ上って鏡の中へ入り込み……、と『鏡の国』の設定で話が始まる。鏡を抜けると部屋に掛かっている絵の人物が後ろを向いていて(表の世界では正面を向いている)、アリスに気づいて振り返り、アリスと話す、といった場面のあと、暖炉のそばのチェスの駒のシーンになる。その後『鏡の国』と同じく宙に浮かんで階段を下り、家の外へ出たところで慌てふためいている白兎を見て、兎穴へ飛び込む、というところから『不思議の国』のストーリィとなる。原作をかなり端折った形で海亀フーの話まで行き、グリフォンに連れられてアリスが走っているうちグリフォンが赤の女王に変わって『鏡の国』が始まる。同じく『鏡の国』の原作を駆け足で見せながら最後の「女王アリス」のパーティの乱痴気騒ぎがあり、アリスは夢から覚める。『鏡の国』の原作と違い、猫はダイナしか出てこない(だから赤の女王もダイナ)。また、アリスの年齢も「12歳と4ヶ月」とされている。
 現在のようなスペシャルメイクの技術がない中で、忠実にテニエルのイラストを再現しようと努力しているのが伺える。動物たちは多くの映画のように役者の顔を出すことはない(そのため、海亀フーを演じるケイリー・グラントも顔が全く出てこない)。「女王アリス」のパーティでは『不思議の国』『鏡の国』の両方の登場人物が出てくるが(この辺、1983年ブロードウェイ版1985年版『不思議の国のアリス』などと同趣向)、乱痴気騒ぎの所ではマトンやプディングとの会話、あるいはろうそくが伸びたり、白の女王がスープに沈んだりと驚くほど忠実に原作が再現されている。また、原作にない部分でもちょっとした工夫があって面白い。広間のテーブルにあった「私を飲んで」という瓶だが、ラベルには「私を飲んで」以外に「毒にあらず」と書かれている。原作のように毒かどうか調べて、とすると話がだれてしまうのでそうしたのだろうが、微笑ましい演出であろう(ただ、飲むとアリスが大きくなってしまうのだが)。また、帽子屋の持っている時計は長針が月、短針が日を表すようになっている。通常見るような一本針でないところにスタッフの工夫が見える(ただ、その指していた月が5月でも11月でもなく、日の狂いも科白と違い二日以上違うように見えるのが残念)。また、上にも書いたようにグリフォンから赤の女王へ変身、そのまま『鏡の国』のストーリィへ入るというのも、二つの話をそのまま繋げて無理がない。その結果裁判のシーンはなくなる訳だが、裁判を入れると1985年版『不思議の国のアリス』1983年ブロードウェイ版のように二つの話の繋ぎが不自然になるか、1999年版『不思議の国のアリス』のように『不思議の国』→『鏡の国』→『不思議の国』とせざるをえなくなる。裁判をなくしたのは見識と云えよう。他に面白い工夫としては、トゥィードルダムたちの話す「セイウチと大工」のシーン。ここでは紙芝居を拡げると、中でセイウチと大工の話がアニメーションになっている、という趣向である。1999年版『不思議の国のアリス』でも同じ趣向が使われている(こちらは人間がセイウチと大工を演じているが)が、劇中劇としての「セイウチと大工」を映像化するには良い趣向と思われる。
 原作を子供でも楽しめる形でまとめ、映像化したという意味で、良き時代のアメリカ映画といえる。残念ながら自分の観たのはブートレグ版のビデオであり、カットがある。できれば正規版をリリースして欲しいものだ。

(2010.3.13追記)
 アメリカで正規版のDVDが発売された。但しこのDVDソフトもブートレグ版同様、カット版であった。画質はシャープで、非常に見やすい。



タイトル製作年・国
Alice in Wonderland
Alice au pays des merveilles
1949・フランス
実写/アニメの別監督
実写+人形アニメ監督:ダラス・バウアー
主な出演者
キャロル・マーシュ(アリス)、スティーヴン・マレー(ルイス・キャロル/ハートのジャック)、アーネスト・ミルトン(大学副総長/白兎)、パメラ・ブラウン(女王(ヴィクトリア女王)/ハートの女王)、フェリックス・エイルマー(リデル博士/チェシャ猫)、デヴィッド・リード(プリンス・コンソート(アルバート)/ハートの王)
レビュー

 フランスで製作された映画。監督・俳優は英語圏の人間であり、現在リリースされているビデオソフトの言語は英語。ヒロインのキャロル・マーシュはハマー版『吸血鬼ドラキュラ』でドラキュラの犠牲者ルーシーを演じている。
 この映画の大きな特徴は、不思議の国の住人が人形アニメで表現され、現実世界の人間とアリスは人間が演じているという点である。ある意味でヤン・シュヴァンクマイエル版の遠い先祖ともいえよう。そして、後述のように、人形アニメでミュージカルを演じているというのも、この映画の特徴といえる。かなり原作を変更している部分があるので、やや詳細に筋を紹介する。
 映画の冒頭、『不思議の国のアリス』には実在のモデルがいると字幕が出る。白兎が大学副総長、チェシャ猫がリデル博士、帽子屋が仕立屋、そしてハートの女王は女王(ヴィクトリア女王)である、と。ドラマが始まるとオクスフォード、ヴィクトリア女王が大学へ行幸するが、リデル学寮長の三人娘は女王を見に外へ出して貰えない。キャロルが女王へ贈るタルトを一つ盗んで、部屋にいるアリスへ手渡す。そうこうする内に女王が到着。キャロルは女王に大学の鐘楼について直訴するがうまく行かない。舞台は変わって川遊び。ボートの中でキャロルは三姉妹に物語を語り出す……。
 白兎を追いかけて穴に落ちたアリスがホールへ出てくる。そこでホールのドアがどこも開かないという場面、ドアがどんどん減って行き、最後に小さなドア一つになるという演出がされている。小さなドアを開けると、原作では噴水のある庭園が見えるが、この映画では、そこにいる筈の園丁もおり、会話をしている。そこへ白兎が現れ、「なぜ薔薇を赤く塗っているのか」と訊く。事情を聞いた後、白兎はハートの女王のクロッケーに行くと話し、そこから歌になる(人形アニメでミュージカルの一場面を再現している)。そこで場面はホールのアリスに戻り、Drink meの下りになる。アリスが自分が誰なのかと悩む場面はなし。その後涙の池で鼠に会う場面となる。鼠はアリスを見て「女の子だ!」と驚いて逃げ、浮かんでいる「Drink me」の瓶に逃げる。そこでアリスからダイナの話を聞き、猫のことだと知って気を失って池に落ちる。アリスはそれを助けて瓶に上がる。その後アリスが歌う場面。原作では池の中で起きていることを浮かんでいるテーブルの上に移すのは歌の場面のためであろう。その後上陸、鼠の「無味乾燥な話」(歌になっている)の後、コーカス・レースと鼠の尾話はなく、いきなりアリスが白兎にメアリー・アンと間違えられる場面となる。中で大きくなったアリスのため、白兎の家が揺れるという、漫画的な表現のあと、小さくなったアリスが家を出ると、家が潰れてしまう。その後犬に出会う場面となるが、この犬も人形アニメ。
 犬の場面の後も、白兎たちはアリスを追っている。そこへ女王の軍隊がやってきて、女王のタルトが盗まれたと言う。白兎はアリスの足跡を見つけ、一同、それを追うことになる。
 一方、アリスの方は青虫との場面になる。「ウィリアム父つぁん」の詩はアリスと青虫との重唱。そのまま青虫は去って行き、茸を食べて身体の大きさが変わるという場面はなし。白兎たちがアリスを追跡するカットが入ったあと、アリスが魚の召使に出会う場面となる。魚は団体で現れて行進しつつ合唱。公爵夫人の家の場になる。そこへ、女王のタルトを持ったハートのジャックが登場する。白兎が現れ、タルトを一つ食べて別れる。
 一方、アリスは公爵夫人の家に入る。公爵夫人の子守歌は冒頭に歌われる。その後、料理人の胡椒のために公爵夫人たちがくしゃみし、家は爆発。飛んでいた赤ん坊を受け止めるが、赤ん坊は豚になる。その後チェシャ猫との会話となる。アリスは白兎たちが自分を追っているのを見て、急いで逃げ、お茶会へと続く。ここでは「Twinkle, twinkle, little bat」の歌のみで、白兎たちに追われたアリスが逃げる形で場面が終了する。そして、木の幹にあるドアを見つけ、入ると最初の広間というのは原作通り。そこで途方に暮れているアリスの前にチェシャ猫が現れる。「どっちに行けばいいの?」「どこに行きたいかによる」「どこかへ行ければ」「ずっと行けばどこかへ着く」という会話はここでなされる。そして「ずっと歩いていると海の底にいた」というアリスの科白に続いてロブスターがダンスを踊っている場面となる。
、場面が変わってハートの王と女王の行列の場面になる。アリスはそこに居合わせ、同じくいた白兎もアリスを見つける。この時、アリスはハートの女王に名前を聞かれ、一方、薔薇を塗っていた園丁たちは地面に這いつくばっているところをひっくり返される。彼らの失敗を白兎から聞かされた女王は園丁の首を斬れと命令する。その後クロッケーにアリスが誘われゲーム開始となるが、そこへ公爵夫人が現れ、女王に「お前が失せるか首が失せるかどちらか選べ」と言われ、逃げて行く。そこへ(原作とは逆の順番で)チェシャ猫の顔が現れ、女王「首を斬れ」、刑吏「胴体がないのに首は斬れません」、王「首があるのだから斬れる筈」そうこうしている内にチェシャ猫は消え、王が「首は失せた」と女王に言う。女王はアリスにタルトをやると言うが、テーブルにはタルトがない。白兎はタルトが盗まれたのだと言う。そして、アリスが盗んだとされてしまう。
アリスはグリフォンによって牢へ連れて行かれる。そこで海亀フーが登場、スープの歌を歌う。そして裁判の開始。起訴状では、ハートの女王が作ったタルトをアリスが盗んだと読まれる。証人は帽子屋のみで、すぐにアリスの証言となる。法廷に立っている間にアリスは巨大化する。その後証拠としての詩(原作ではハートのジャックが有罪との証拠に使われた、代名詞ばかりの詩)が読み上げられる。原作通り、この詩に意味なんかないと言うアリス。そして、起訴状を取り上げて読む。童謡通りに、ハートの女王が作ったタルトを盗んだのはハートのジャックとなっていた。するとハートのジャックは「ハートのジャックが盗んだ。ジャックは彼女だ」とアリスを指さし、アリスは「じゃああなたは誰なの」と言うと、ジャックは「私はアリスだ」と答える。ハートの女王「首を斬れ!」。それに答えてアリスが「あななたちなんか、トランプのカードじゃないの」と言って、原作通りトランプが飛び上がり、アリスが目覚める。
 ボートの上、キャロルがアリスたちに向かってお話をしていた。慌ててボートから岸に上がるアリス。すぐ上の橋を、ヴィクトリア女王の乗った馬車が帰っていった。最後に白兎が顔を出し、アリスはキャロルと姉・妹の後を追いかける。
 この映画の特徴としては、人形アニメでミュージカルを行ったこと、そして物語のキャラクターには現実世界のモデルがいるとしたことだ。前者は、好き嫌いが分かれるとしても、面白い試みであろう。実際、セルアニメではディズニーが『白雪姫』以来行っているアニメによるミュージカルなのだから、決しておかしなものではない。ただ、後者については問題なしとしない。確かに『不思議の国のアリス』のキャラクターにモデルがいるのは確か。だが、一般的にいわれているモデルを配したというよりも、この映画の演出の都合で、モデルを作ったという感が強い。アリスは実在の人物で、川遊びの際キャロルがアリスにした話がこの物語なのだ、そう強調したいがために現実世界の話を付け加え、その話の都合からモデルを設定した、そんな感じがしてならない。
 また、この映画では、原作の筋らしい筋のない部分を、なんとか論理を通そうとしたのか、白兎たちにアリスが追われ続けるという設定を追加した。しかし、これは果たして成功だったのか。追われる場面があるがそれでサスペンスを感じるということはないし、むしろ原作のエピソードを途中で打ち切るためにしか役立っていない。また、追う側のシーンを作ってしまったことで、原作ではアリス一人の視点で統一されていた語りが、二つの視点に分裂してしまった。むしろこの試みは失敗だったといえるのではないか。もう一点、論理を通そうとした変更に、裁判の被告をハートのジャックではなくアリスにするという点がある。アリスが被告というのは、後にディズニーも採用しているが、その前にハートのジャックがタルトを盗み(原作では、本当に盗んだかどうかははっきり書かれていない)、しかもそれを白兎が知っているという場面があることから、白兎が意図的にアリスを陥れたということになってしまう。この前に白兎は、園丁が薔薇を赤く塗っているのを女王に告げ口している場面もあり、原作からは考えられない行動を取っていることになる。こういう登場人物の性格の改変を行ってまで、アリスを被告にしたことで話の論理が通ることになるのか、疑問だ。
 現実世界の話についても、いくつか疑問がある。キャロルがあごひげを生やしているのは、とても容認できるものではない。また、ヴィクトリア女王のクライスト・チャーチ行幸についても問題。史実ではこの行幸は1860年の12月12日。映画では川遊びと同じ日となっているが、川遊びは1862年7月4日。単に年度が合わないだけでなく、季節も合っていない。映画では、史実の川遊びと同じく夏のことになっている。おそらくこれは、ハートの女王のモデルにヴィクトリア女王を当てたことから、無理に女王行幸のエピソードを入れたのであろう。
 総じて、原作を改変した部分については疑問が多い。素直に人形アニメによるミュージカルとして作っていれば良かったのではないかと悔やまれる。



タイトル製作年・国
不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
1951・米国
実写/アニメの別製作・監督
アニメ製作:ウォルト・ディズニー
監督:クライド・ジェロニミ、ハミルトン・ラスク、ウィルフレッド・ジャクソン
主な出演者(声の出演)
キャスリン・ボーモント(アリス)、ビル・トンプソン(白兎、ドードー)、リチャード・ハイドン(芋虫)、スターリング・ホロウェイ(チェシャ猫)、エド・ウィン(帽子屋)、ジェリー・コロナ(三月兎)、ジェームズ・マクドナルド二世(ヤマネ)、ヴァーナ・フェルトン(ハートの女王)
レビュー
 あまりにも有名な、ディズニーのアニメーション。原作よりも、このアニメーションでアリスを知っている人も多いと思われる。『不思議の国のアリス』を元に、『鏡の国』から生きている花の庭の挿話、鏡の国の虫の挿話、トゥィードルダムとトゥィードルディーの挿話を加えている。反面、公爵夫人の挿話も海亀フーの挿話もない。
 本来映像になりにくいものを、徹底的に映像として面白く見せようとすれば、こういった形になるのかもしれない。やや静的なイメージのある原作に比べ、ディズニーは徹底して動的である。そのため、あまり「絵にならない」エピソードは、敢えて外したのではないかとすら思われる。映像化の工夫として特に注目すべきと思われるのが、冒頭、兎穴に落ちたアリスのシーン(ここでアリスはゆっくり落ちるわけだが、スカートがパラシュートのように開く、という映像表現が入る)、芋虫の忠告(芋虫が吹く煙がそのまま文字や絵になる)それにチェシャ猫の「猫のないニヤニヤ笑い」(ここでは、猫の笑った口が、そのまま三日月になる)であろう。また、森の中でのディズニーのオリジナルな動物達も、映像として成功している。もっとも、これらの動物は「映像」の面白さを求めた結果の成功例であるが、キャロルの「言葉遊び」から作られた動物とは全く異質のものである。
 先に「動的」と書いたが、アニメーションとして「見せる」こと、原作の「絵解き」をすることに重点が置かれる結果として、言葉と論理のナンセンスやナンセンス独特の残酷さが単なるドタバタになっている点は否めない。ディズニー映画という制約のせいなのか、当時のアメリカと19世紀英国の文化の違いが現れた結果なのか、いづれにせよ原作を解りやすく映像化しようとして、却って原作の面白みを殺す結果となったように思える。キャロルの原作を全く考えなければ(単に、アリスという女の子が夢の中で不思議の国へと入り込むということだけを知っていれば)、それなりに愉しめる作品ではあるが……。


タイトル製作年・国
Alice in Wonderland1966・英国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作・監督:ジョナサン・ミラー
主な出演者
アン=マリー・マリック(アリス)、ウィルフリッド・ブランベル(白兎)、サー・マイケル・レッドグレーヴ(芋虫)、レオ・マクカーン(公爵夫人)、ピーター・クック(帽子屋)、マイケル・ガウ(三月兎)、ウィルフリッド・ローソン(ヤマネ)、アリソン・レガット(ハートの女王)、ピーター・セラーズ(ハートの王)、マルコム・マガーリッジ(グリフォン)、ジョン・ギールグッド(海亀フー)
レビュー
 英国BBCで放映された作品。監督ジョナサン・ミラーは元医師。現在ではオペラ演出家としても知られている。1991年のモーツァルト・イヤーにアン・デア・ウィーン劇場で上演された『フィガロの結婚』の演出は、後年、ウィーン国立歌劇場の引っ越し公演で日本でも上演された。『フィガロ』は、どちらかというと伝統的な演出に近いが、ジョナサン・ミラーのオペラ演出では、『リゴレット』が斬新な演出として知られている。なんと、舞台をマフィアの世界に移し、道化師リゴレットをバーテンに変えてしまったのである(しかも、マントヴァ公は「女心の歌」をカラオケで歌うのだ!)。
 この『アリス』を観る場合、上に挙げた「斬新な演出」家であるジョナサン・ミラーということを念頭に置いて観ないと混乱する。登場人物のうち、原作でも人間であるもの(ハートの王や女王、公爵夫人、帽子屋等)は、それなりの仮装をしているが、人間以外の生物(白兎や芋虫等)は全く仮装をしていないのである(縫いぐるみも、特殊メイクもなし。チェシャ猫のみ普通の猫が使われている)。詩を読むシーンは原作通りいくつもあるが、他の作品のようにミュージカル仕立てにはなっていない。映像は白黒で、音楽はガムランを使用したと思われるインド風のもの。現代の舞台演出で背広姿のシェークスピアといったようなものを見ることがあるが、それに近い。背広姿の人間が白兎としてアリス相手に科白を云う。原作を既に知っていて、話の流れからこの人物が白兎を演じているということを把握していないと、全く訳が解らなくなる。ジョナサン・ミラー自身「私がこの映画を大人のために作ったというが、全くその通り」と話しているが、子供向けに『アリス』を映画で見られるようにしようとした作品とは全く違う。
 ではストーリィも大幅に変更されているかというと、そうではない。おそらくこれ以上忠実にはできないのではないかというくらいに「原作通り」なのである(もっとも、だからこそ斬新な演出も可能だったのだろうが)。アリスを演じるアン=マリー・マリックはテニエルのアリスよりキャロルの手書き本のアリスに近い。ラファエル前派の画家が好んで描きそうな容貌である。大人のための『アリス』として、『アリス』の映像史に残る傑作であろう。


タイトル製作年・国
Alice Through the Looking Glass1966・米国
実写/アニメの別監督
実写監督:アラン・ハンドリー
主な出演者
ジュディ・ロリン(アリス)、ロイ・キャッスル(道化のレスター)、ロバート・クート(赤の王)、アグネス・ムーアヘッド(赤の女王)、リカルド・モンタルバン(白の王)、ナンネット・ファブレイ(白の女王)、スマザース兄弟(トゥイードルダムとトゥイードルディー)、ジミー・デュラント(ハンプティ・ダンプティ)、ジャック・パランス(ジャバーウォック)、リチャード・デニング(アリスのお父さん)
レビュー

 アメリカで放映されたテレビ・ムービー。ミュージカルのステージを模した形で撮影されている。原作とは大きく筋が違っているので、細かく筋を紹介する。ミュージカルということで、主要な歌の部分も記載する。
 冒頭、大人達が階下でハウスパーティーをしているが、アリスは部屋にいないといけない。一人、部屋にいるアリスが鏡の前に立つと、部屋の中に赤の王が現れ、鏡の向こうへと誘われる。そしてアリスは鏡を抜ける。そこには、王らしならぬ格好の赤の王がいる。アリスが「王に見えない」というと赤の王は後ろを向く。裏側は、王の格好をした赤の王になっている。鏡の世界では、表と裏で見えるものが違うというわけ。そして、赤の王、女王、白の王、女王が揃い、歌が始まる。4人が退場した後、ショールが飛んできて白の女王が戻り、アリスに着付けを手伝って貰う。アリスを雇おうというがアリスに断られる。そこで独唱、最後のみアリスと二重唱。そうこうしているうちに3人も戻ってくる。アリスが女王になりたいと言うと赤の女王が「馬鹿な」という。彼らは治めるべき国がないのであった。何故と訊くアリスに白の女王が、「それはジャバーウォックが」と言いかけ、3人に黙らせられる。理由が解らないアリスは「ジャバーウォックって?」と訊く。それは恐ろしい怪物だとのこと。戦えばいいと言うアリスに4人は尻込み。アリスが大声で「ジャバーウォック!」と叫ぶと赤と白の王と女王は隠れてしまう。アリスの独唱、4人をなんとか引き出したアリス。4人の王・女王が相談し、赤の女王が、アリスを「王城まで行けば女王にしてやる」と言う。王城へ行くには青い道をたどって行くこと。それが4人がアリスに与えた言葉だった。青い道へは赤の女王が連れて行くことになった。だが、部屋を出たところでジャバーウォック(演じるのはジャック・パランス)が現れ、赤と白の王と女王は逃げてしまった。ジャバーウォックはアリスを脅し、鏡の向こうへ戻れと言うが、アリスは恐れない。その後ジャバーウォックの独唱。
 場面変わって青い道をたどって行くアリス。辿り着いた先にはテーブルがあり、上に「Drink me」と書かれた札のついている瓶。「もう充分」と言って飲まずにやり過ごすと壁にボタンがあり「Push me」。押すと壁に小さなドアが開く。アリスがそこを通り抜けると、キリンと生きた花のいる庭に出てきた。花と話していると、赤の女王の道化師のレスターが現れる。レスターの独唱と合唱。気付くとそこにはアリスしかいない。アリスは花に「三人の魔女に気をつけるように」と忠告を受ける。
 青い道を辿るアリスは、釣りをしている白の王に会う。白の王の独唱。女王になりたいというアリスに、いつか、どこかで、きっと本当の女王になれるという白の王。アリスが去った後、ジャバーウォックが現れる。白の王は、「彼女が勝つ」と言う。
 道(なぜか黄色い煉瓦の道)を行くアリスの前を何本もの箒が道をふさぎ、三人の魔女が現れる、一人はリンゴ、一人は針と指ぬき、一人はお菓子を勧める。アリスに正体を見破られた三人は姿を消し、アリスは道を進む。
 道を行く途中、アリスはレスターに再会、レスターはアリスに近道を教えると言って杖を振ると、アリスはピンクの森の中にいた。森でアリスは赤の女王に会う。女王が去るとともにトゥイードルダムとトゥイードルディーが現れる。二人はアリスの言った単語の逆綴りを読む(「Goodness」なら「Ssendoogというように」)。二重唱(こちらもアルファベットの逆から読むという部分がある)、途中からアリスが加わり三重唱。と、そこへジャバーウォックが現れる。アリスは逃げ、追いかけるジャバーウォックをレスターが邪魔をする。
 場面変わってアリスとレスターがフラミンゴのいる森を歩いている。気付くとレスターは消えていた。アリスの独唱。
 アリスはアンプティ・ダンプティと会う。ここで「'Twas brillig, and the slithy toves,」の連の暗唱があり、ハンプティ・ダンプティとアリスの二重唱で「ジャバーウォッキー」の一部が歌われる。歌い終わるとハンプティ・ダンプティは塀から落ちてしまう。そこへレスターが現れる。いよいよアリスの戴冠だ。
 ピンクの森にアリスが戻ると、そこには赤と白の王がいた。騎士達による馬の演舞。二人の王から城へ行くよう言われるアリス。城はずっと戻ったところから丘を登って下った所にある。城ではパーティーの用意がある。
 もと来た道を大急ぎで引き返すアリス。城では赤と白の女王が待っていた。廷臣、女官たち(なぜかトランプ)の群舞。アリスが到着すると二人の女王による最終試験が待っていた。試験が終わるとアリスはドレスに身を包み、戴冠式へ進む。廷臣の合唱。そこへ手鎖を着けられたジャバーウォックが現れる。鎖を引きちぎったジャバーウォックを見て皆は逃げ、アリスも鏡を抜けた時の部屋へと逃げるがジャバーウォックが追ってくる。だが、レスターが現れジャバーウォックを攪乱する。「鏡を抜けて戻るんだ」というレスター。アリスは暖炉の上の鏡に上ってレスターを呼ぶ。アリスとレスターは鏡を抜ける。追いかけようとしたジャバーウォックだが、鏡を抜けることが出来ない。そこへ赤と白の王、鏡の国の騎士と廷臣が現れ、ジャバーウォックを追い詰める。鏡に向かって「アリス」と叫ぶジャバーウォック、鏡の向こうでは、アリスが安楽椅子に座って眠っている。ジャバーウォックの叫びはいつしかアリスのお父さんの「アリス」という呼びかけに変わって、アリスは目覚める。手には道化師の人形を持っている。アリスは人形を抱きしめる。最後にお父さんと抱き合って幕。
 冒頭に書いたが、ミュージカルのステージをドラマ化したような作りであり、一場、一場が映画というより舞台的な演出になっている。そして、舞台性を強調しているのが、拍手と笑い声の挿入だ。このドラマでは、アメリカのコメディによくあるように、ギャグがあると、笑い声が起こる。歌の後には拍手が起こる。日本人としては「『奥様は魔女』じゃあるまいし」と思わなくもない。
 筋の改変に至っては、果たしてこれが『鏡の国のアリス』と言って良いのか悩むところも多い。原作の、チェスのルールに従った場面転換もなく、ある道を辿って行くという『オズの魔法使い』を彷彿とさせる展開、登場人物といえば、『鏡の国のアリス』の中の有名どころを配したものの、トゥイードルダムとトゥイードルディーでは、童謡の展開もなければ「セイウチと大工」も出て来ない。最後に元来た道を戻って戴冠式ということになると、アリスがチェス盤の上を直進し、女王の駒に「成る」という、原作の構造そのものも無視されていることになる。
 また、アメリカのドラマということで、アリスがアメリカ英語を喋っているのを措くとしても、ヴィクトリア朝イギリス的な雰囲気が全くない。冒頭の場面、大人達の服装は1960年代のアメリカ人のもの。男性はスーツにネクタイで、とても19世紀のイギリスではない。このドラマが放映された時の現代劇で、アリスもアメリカ人という印象を受ける。
 原作を意識せずに見るなら楽しいミュージカルであることは確か。ただ、原作を意識すると、ミュージカル化されたパロディを見ている気分になってしまう。



タイトル製作年・国
不思議の国のアリス
Alice's Adventures in Wonderland
1972・英国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作総指揮:マイケル・ストリンガー
監督:ウィリアム・スターリング
主な出演者
フィオナ・フラートン(アリス)、マイケル・クロフォード(白兎)、ラルフ・リチャードソン(芋虫)、ロイ・キニアー(チャシャ猫)、ロバート・ヘルプマン(帽子屋)、ピーター・セラーズ(三月兎)、ダッドリー・ムーア(ヤマネ)、フローラ・ロブソン(ハートの女王)、マイケル・ジェイストン(ルイス・キャロル)
レビュー
 『不思議の国のアリス』に『鏡の国』からトゥィードルダムとトゥィードルディーの挿話を加えて(但し、セイウチと大工の話はない)映像化したもの。ミュージカル仕立てになっている。
 この作品の一番の特徴は、プロローグとして「黄金の昼下がり」を映像化したことであろう。そして、うとうとしているアリスにドジスンが「アリスはお姉さんの横で座っているのが退屈に……」と語りだして、アリスの夢の世界へ入りこむようになっている。導入部として、これほど凝った造りは他に見られない。
 登場人物はメイクや縫いぐるみでテニエルのイラストに出来る限り似せている。『ドリームチャイルド』のマペットを除けばこの作品が最もテニエルのイラストに似ているのではないだろうか。トゥィードル兄弟の下り以外は、一部省略やドタバタ風の脚色ははあるものの原作に忠実に、丁寧に作られている。全く『アリス』を知らない子供が観たとしても原作がどんなものか判り(その点でディズニーは失格)、しかも映画として、それだけでも充分に愉しめる。それだけに、余計な『鏡の国』のエピソードの挿入が悔やまれてならない。


タイトル製作年・国
Alice, Through The Looking Glass1973・英国
実写/アニメの別監督
実写監督:ジェームズ・マクタッガート
主な出演者
サラ・サットン(アリス)、ブレンダ・ブルース(白の女王)、フレディ・ジョーンズ(ハンプティ・ダンプティ)、ジェフリー・ベイルドン(白の騎士)、ジュディ・パーフィット(赤の女王)、リチャード・ピアソン(白の王)
レビュー
 非常に素直な作りのドラマであるというのが、この映像を見た印象。安楽椅子に座ってキティの相手をしている冒頭から、原作を忠実に映像化している。
 1970年代〜1980年代(管見の範囲で)のBBCのドラマは、同じドラマの中でも屋外はフィルム撮影、室内とスタジオはビデオ撮影という撮影方式が採られていた。そのためケイト・ドーニング版の『不思議の国のアリス』では、場面により画面の質感が違っているというようなことが起きていた。このドラマでは屋外撮影はなく、撮影はビデオ撮影で統一されている。そのため場面によって映像の質感が違うということはないものの、1970年代のビデオ撮影ということで、今見ると解像度の低さが気になるところもある。
 このドラマでは屋外撮影はないと書いたが、原作では殆どの場面が屋外となる。このドラマでは屋外場面はすべて書き割りを背景にして演じられている。背景含めて舞台劇を見ているような感じになる。そして、屋外撮影ではなく書き割りを使ったことが、ここでは演出上の意味を持っている。場面場面で、テニエルのイラストが再現されているのだ。冒頭、安楽椅子に横座りになっているアリスや列車の中のアリス(テニエルのイラスト通りの衣装を着て、帽子をかぶっている)は云うに及ばず、屋外の場面であっても背景が書き割りであるが故に、実写によるイラストの再現が不自然でなく見える。そういう意味で、よく考えられた演出といえよう。
 ドラマも、原作からの大きなカットはなく、ほぼ忠実に進む。登場人物が暗唱する詩も、ちゃんと出てくる。そして、ハンプティ・ダンプティによる詩を除き、それらはテニエルのイラストに忠実に映像化されている。「ジャバーウォッキー」については、詩の完全な暗唱はハンプティ・ダンプティの場面で行われる。これはケイト・ベッキンセール版もそうであるが、第一連の解説と同じ場面で映像化を行わないと話の論理が通らない(本来詩のある場所で映像化してしまうと、読んだアリスが理解出来でいないという部分が不自然になる)ので、これは望ましい改変といえる。難を言えばジャバーウォック退治の映像がなんとものどかでユーモラスな点であるが、ここだけシリアスにするわけにもゆかない以上、仕方のないところであろう。
 ドラマが終わって、原作の巻末の詩が朗読される。それと同時、各行頭の一文字のみ色が違った字幕が流れる。そして、その冒頭の一文字づつが画面に置かれて、最後には「ALICE PLEASANCE LIDDELL」との文字列が残る。なんとも粋なエンディングだ。この点も、子供が巻末の詩を朗読するケイト・ベッキンセール版の元祖といえよう。


タイトル製作年・国
不思議の国のアリス(『まんが世界昔ばなし』第114話)1977・日本
実写/アニメの別制作
アニメDAX
声の出演
宮城まり子、名古屋章
レビュー
 アニメ『まんが世界昔ばなし』の中の一話として放映されたもの(第114話。1977年12月8日放映)。番組は30分番組で、その中で毎回一つあるいは二つの話を放映しており、『不思議の国のアリス』では一回の放映時間がそのまま一話分として使われている。登場人物の絵はテニエルをデフォルメしつつ、ディズニー風のアレンジが入ったといった雰囲気のもの。話の進行をここに記してみよう。
 最初に、ルイス・キャロルという人が書いた本であることをナレーションで説明してから話に入る(ここで本が開かれる)。お姉さんが難しい本(なんと、よく見るとCharles Lutwidge Dodgsonに関する研究書――本物の英書の版面をそのまま画像として使用している)を読んでいるので、退屈したアリスは時計を持った兎を追いかけて穴に落ちる(地球の裏側ではどうやって挨拶しよう、というところで、そのイメージを実際に映像で表した部分は面白い)。その後、ホールの小さなドアの向こうに花園を見つけ、テーブルの上の「Drink Me」の液体を飲む。原作と違い、「小さくなる」と期待して飲んだアリスは大きくなり、腰掛けていたテーブルがつぶれてしまう。そこへ通りかかった兎が驚いて逃げるので、アリスは泣く、大声で「小さくなりたいと叫んだところ、アリスは小さくなって涙の海に落ちる。
 鼠の下り以降はなく、アリスは魚に助けられたことになっている。海から飛び出すと公爵夫人の家の前。家の中では公爵夫人が「世の中には、何事にも決まりがあるもの」と、教訓を垂れる。面白いので引用してみよう。
アリス:「公爵夫人さま。コックさんがイライラ怖い顔をしているのは、きっと胡椒のせいですわ。酸っぱい顔はお酢のせい。苦い顔はお薬で、にこにこするおは、甘いお菓子のせい。お台所には胡椒だの辛子だのではなくって、もっと甘いお菓子をいっぱい置いておくべきだとおもいますわ」
公爵夫人:「カラシもオカシも三つの文字。どこの国にもある決まり。お腹に入ればみな同じ」
アリス:「でも、辛子は甘くないわ」
公爵夫人:「その通り。そして、そのことについての決まりは……」
アリス:「決まりなんてないわ」
公爵夫人:「まあ、この子ったら。何事にも決まりはあるものです」
コック、いろんなものを投げつける。
アリス:「コックさんの癇癪も決まりなの?」
公爵夫人:「その通り。もっと決まりよ」
となる。
 赤ん坊とチェシャ猫の下りはなく、公爵夫人の部屋のドアを出ると、次の間では帽子屋と三月兎がお茶会をやっている(ヤマネは出てこない)。
「葡萄酒でもいかが」のやりとりのあと「時間つぶし」というアリスの科白から、帽子屋の話。帽子屋が女王に「こやつ時間を潰しておるぞ、時間をちょんぎっておしまい!」といわれ、時計がずっと止まっていると説明される。鴉と机のなぞなぞも原作通りに出題され、三月兎が「答えはなし」と云ったのに怒ったアリスがテーブルを叩くと、家が揺れる。皆が「地震だ!」と逃げるが巨大化してしまったアリスは取り残される。家の外はいつの間にか涙の海。家ごと流され、ホールのドアを通り抜けて花園に出てくる。
 花園で目を覚ましたアリスは青虫に出会う(ここでのやりとりで、「一日の間に何度も伸びたり縮んだりするんですもの。育ち盛りの私でも、たまんないわ」「溜まらん話は詰まらん」とあるのは面白い)。その後、アリスは兎を探しているうちに森の中でコーカス・レースをしている動物たち――ドードー、鼠(なぜか「眠り鼠」と呼ばれている)、グリフォン、まがい亀(足はヒレではなく、陸亀のように、足になっている)――に出会い、兎がどこにいるかを訊く。動物の誰かが「兎なら、お城にいるよ」と答え、ドードーが「だって、シロウサギだもん」と説明する。ちょうどレースが終わり、誰が一番か言い争いになる(みなが、自分は誰それの前を走っていた、と主張するが、全員輪になって走っているので誰が先頭か判らない)。城への道だけ教えてもらっえアリスは去るが、残った動物たちは延々「誰が勝ったか」討議している。
 城に着くと女王のクロケー・ゲームの最中。そこへ兎が伝令としてやってきて、ハートの女王のパイをハートのジャックが盗んだと報告。(ラッパの、トテタという音の後)「ハートのすてきな女王さま ハートを込めてこしらえた ハッとするよなおいしいパイ ハートのジャックが ハートのジャックが あっという間に抜き取った トテトテトッテッター ハートのジャックが取ってったー」かくて裁判。
 証人は帽子屋と三月兎、次にコック、そしてアリスというのはほぼ原作通り。証人に呼ばれた時、アリスはすでに巨大化している。陪審席がアリスのために転ぶのは原作通り。裁判ではなぜかアリスが犯人にされそうになる。「何よ、ボール紙のトランプのくせに」という科白でトランプが舞い上がってアリスは夢から覚める。
 お姉さんにアリスは自分の冒険のことを話し、最後にナレーションで、「……そして、アリスは、あの不思議の国の思い出を、いつまでも忘れることはないでしょう」と結ばれる。
 その後、本の最終ページが現れるといろんな登場人物の絵が載っていて、その中のチェシャ猫が「そしてあなたも、ニャー」と云って笑う。本が閉じられておしまい。

 わずか25分弱という時間の制約では、普通ならあらすじの紹介だけで終わるものだ。ところがこのアニメではかなり大胆にカットし、大幅な脚色を施してはいるものの、原作のナンセンスな会話や言葉遊びなどを極力伝えようとしている。脚本家がよほど原作を読み込んでいないと、ここまでは出来ないだろう。映像化された『不思議の国のアリス』という点では大幅にカットしており「原作通り」ではない。しかし、原作のエッセンスは充分に伝わる。一種、アレンジの鑑ともいうべき作品である。


タイトル製作年・国
Alice in Wonderland1983・米国
実写/アニメの別演出
実写エヴァ・ル・ガリエンヌ&フロリダ・フリーバス(オリジナル)
カーク・ブラウニング(リバイバル)
主な出演者
ケイト・バートン(アリス)、オースチン・ペンドルトン(白兎)、ネイサン・レイン(鼠)、フリッツ・ウィーヴァー(芋虫)、ケイ・バラード(公爵夫人)、ジェフリー・ホールダー(チェシャ猫)、アンドレ・グレゴリー(帽子屋)、ゼルコ・イヴァネク(三月兎)、イヴ・アーデン(ハートの女王)、ジェイムズ・ココ(ハートの王)、トニー・カミングス(ハートのジャック)、スウェン・スウェンスン(グリフォン)、ドナルド・オコナー(海亀フー)、コリーン・デワースト(赤の女王)、アンドレ・ド・シールズ(トゥィードルダム)、アラン・ウィークス(トゥィードルディー)、モーリーン・ステープルトン(白の女王)、リチャード・ウッズ(ハンプティ・ダンプティ)、リチャード・バートン(白の騎士)
レビュー
 1932年にブロードウェイで上演されたプロダクションを1982年にリバイバル上演したもの(正確にはそれの1983年におけるテレビ放映版であり、舞台上演そのままであったかどうかは判らない)。ただ、その際に「現代風」の演出が加えられたとのことだ。そういう意味ではメインの台本以外は1982年時点(または1983年のテレビ版)の演出という風に考えた方が良いのかも知れない。
 このビデオでは、話が枠入り物語になっている。『不思議の国のアリス』を上演する20分前だというのに、アリス役の女優には科白が入っていない。必死に科白を憶えている女優が楽屋の鏡を通り抜け、そこからアリスの物語が始まる。そして、不思議の国、鏡の国を旅して、気づいたら楽屋に戻っている、そして舞台に出て「ジャバーウォック」を暗唱する、というもの。おそらく、この部分は1932年の台本になく、新たに付け加えられたのではないだろうか(1932年といえば、実在のアリスがアメリカに渡った年だ。いくらなんでも当時の演出とは思えない)。
 ストーリィ自体は『不思議の国』と『鏡の国』のエピソードをダイジェストしたもの。面白いのは、『鏡の国』の「Nobodyを見る」ところと、続いてのヘアのくだりを、『不思議の国』の裁判でハートの王、アリス、三月兎に演じさせているところか(この上演では白の王は出てこない)。つまり、1932年の初演の時には、ごくごく普通のミュージカルだった可能性が高い。ただし、これが「現代風」の演出になると、所々で軋みが目立つ。妙に登場人物の「狂気」や、アリスのいらだちが強調されるのだ。そのため、原作を読むときには軽く読み流すか笑うかしていた場面が、画面を見ると緊張してしまう。それと、海亀フーとグリフォンの語る「海の底の学校」についても、シャレを云った直後で二人がゲラゲラ笑い出す演出には疑問がある(よくアメリカのテレビドラマである、自分のジョークに自分で大笑いする人間、そんな感じの演出である)。
 また、登場人物の衣装も「現代風」にしているのではないだろうか。舞台の背景はテニエルのイラストそのままの書き割り。当然、白黒であり、机の木目まで、そのままペンのタッチで描き込まれている。その前で登場人物たちが演じるわけだが、その登場人物たちのぬいぐるみも多くが白黒で、テニエルのイラストそのままに、服の模様や影までペンのタッチで描き込まれている。そのため、テニエルの絵を背景に、同じくテニエルの絵の登場人物を切り抜いて棒の先に貼り付けた人形で(ほとんど色を塗らずに)紙芝居をしている、そんな感じがするのだ。そこへ、生身のアリスが混じっている……。
 もともとがミュージカルであり、歌についてはオリジナルのスコアを使用しているのだろうが明るい(一般的にイメージされる「子供向けミュージカル」的な音楽)。そのため歌とダンスの部分は明るいミュージカル風になっている。対して先に挙げた「狂気」の強調や、イラストの線画そのままのぬいぐるみの不気味さがそれらを壊す方向へ働きかけ、なんとも分裂した印象を与える作品になっている。
 一度、元の脚本そのままの上演を観てみたい。


タイトル製作年・国
ふしぎの国のアリス
Alice in Wonderland
1983〜84・日本
実写/アニメの別製作・演出
アニメ製作:本橋浩一
演出:杉山卓
主な出演者(声の出演)
TARAKO(アリス)、野沢雅子(ベニー)、野島昭生(お父さん、ハートの王様)
レビュー
(2016.6.5註記)
 以下に掲載のレビューは読んでいただいてお解りの通り、本編を全く観ず、総集編のみで書いたものです。その後、2014-2015年に、日本で放映された全話を観て、考えを変えました。このシリーズ、実は原作をうまく咀嚼し、原作の雰囲気を連続アニメに移そうと努力、半ば成功した作品であると思うに至りました。つくづく総集編だけで判断するものではないと反省しました。
 全話観てのレビューと、全話のガイドは、  に、なります。
 過去の粗忽の反省のため、昔書いたレビューはそのまま残しておきます。
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 放映時に観たことはなく、総集編でのレビューになる。出演者のベニーとはアリスの飼っている兎で、人間の言葉を解する、という設定。半年にわたって放映された連続アニメなので、アリスは不思議の国へ行っては帰るという形になっている。これだけの放映期間である以上、原作にないエピソードを加え、原作の構成を大幅に変え、と、ある意味「やりたい放題」の番組である(女王主催の人気者コンテストまである)。再放送があった時に観るのは良いかもしれないが、わざわざビデオを探してまで観る価値はない。


タイトル制作年・国
不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
1985・米国
実写/アニメの別制作・監督
実写制作:アーウィン・アレン
監督:ハリー・ハリス
(特撮:ジョン・ダイクストラ)
主な出演者
ナタリー・グレゴリー(アリス)、レッド・ボタンズ(白兎)、サミー・デイヴィスJr(芋虫)、アンソニー・ニューリー(帽子屋)、アーサー・レイ(公爵夫人)、テリー・サヴァラス(チェシャ猫)、ロディ・マクドウォール(三月兎)、アート・ジョンソン(ヤマネ)、ジェイン・メドウズ(ハートの女王)、シド・シーザー(グリフォン)、リンゴ・スター(海亀フー)
アン・ジリアン(赤の女王)、スティーヴ・ローレンス(トゥィードルダム)、イディー・ゴーメ(トゥィードルディー)、キャロル・チャニング(白の女王)、ジョナサン・ウィンターズ(ハンプティ・ダンプティ)、ハーヴィ・コーマン(白の王)、アーネスト・ボーグナイン(ライオン)、ビュー・ブリッジス(ユニコーン)、ロイド・ブリッジス(白の騎士)
レビュー
 二部構成で、前半が『不思議の国のアリス』、後半が『鏡の国のアリス』になっている。ただ、この二つのアリスの冒険を繋げているため、鏡を通り抜ける場面はない。『不思議の国』の裁判から逃げ出したアリスが家へ帰ったところ、帰り着いたのは鏡の裏側の世界だった、そこから元の世界へ戻るために「鏡の国」のチェスに参加する、という形で二つの世界が繋がる。
 1933年のパラマウント映画が当時のオールスターキャストで作られたのに対し、この作品も、85年当時のスター総出演といった趣がある。『不思議の国』『鏡の国』双方とも映画一本分の長さがあるので、充分に原作に沿って造り込まれている。おそらく「ウィリアム父っつぁん」を映像化したのは、この作品だけではないだろうか(アリスと芋虫が若い息子とウィリアム父っつぁんに変身して踊る)。面白いのは、トゥィードルダムとトゥィードルディーのコンビを男女のコンビにしているところだ。通常の双子という解釈に対して、ちょっと違った解釈といえる。
 この作品、『不思議の国』については特に問題ないのだが、『鏡の国』に入るあたりから「アリスの成長物語」的な色彩が強くなる。「鏡の国」に入り込んでしまったアリスの前に怪物(ジャバーウォック)が現れ、アリスが怯える。ジャバーウォックがアリスの内なる恐怖心の象徴として現れるのだ。そして、「鏡の国」の中で、もとの世界へ戻るためにはその恐怖心を克服しなければならないと教えられる。そして物語の終盤、女王アリスのパーティ(原作と違い、「鏡の国」の登場人物がみな呼ばれているのだが)へジャバーウォックが乱入するところがクライマックスとなる。最終的にはアリスが恐怖心を克服して元の世界へ帰ることになるのだが、こういった「成長物語」的な脚色が本当に必要だったのか疑問だ。こういった点を除けばゴージャスな映画として愉しめる作品となっている。


タイトル制作年・国
不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
1986年・英国
実写/アニメの別制作・脚本・監督
実写制作:英国BBC
脚本・監督:バリー・レッツ
主な出演者
ケイト・ドーニング(アリス)、デヴィッド・レナード(ルイス・キャロル)*、フィリップ・トレウィナード(ダックワース)**、アリソン・ニール(アリスの姉妹(川遊びの場面))**、サラ・ジェーン・カラン(アリスの姉妹(川遊びの場面))**、ジョアンヌ・ロルフ(アリスのお姉さん)、ジョナサン・セシル(白兎)、ユザンヌ・チャーチマン(鼠)**、イアン・ウォレス(ドードー)、ジェームズ・バーウィック(パット)**、スチュアート・フェル(ビル)**、ロイ・マクレディー(青虫)**、テリー・ウィリアムズ(ウィリアム父っつぁん)**、イアン・ガント(ウィリアムの息子)**、ジョン・ベイカー(魚の召使)**、ニール・スウェッテナム(蛙の召使)**、クレア・ダベンポート(公爵夫人)、マイケル・ウィッシャー(チェシャ猫)、フリーダ・ダウイー(料理女)**、ピップ・ドナフィ(帽子屋)*、ニール・フィッツウィリアム(三月兔(日本語吹き替え版では「気まぐれ兎」))*、エリザベス・スレイドン(ヤマネ)*、ジャネット・ヘンフリー(ハートの女王)、ブライアン・アウルトン(ハートの王)、マーク・バッセンジャー(ハートのジャック)、ブライアン・ミラー(グリフォン)、ロイ・スケルトン(海亀フー(日本語吹き替え版では「にせ海亀」))
レビュー
 英国BBC制作のドラマ。ビデオ撮影。日本では1988年3月に、2回にわたって放映されたもの。残念なことに放映当時のクレジットにはBBC制作ということと、出演者の日本語吹き替えの声優以外出ていない(オリジナルのクレジットも一切なし)。そのため、監督も出演者も全く不明である(いくつかのフィルモグラフィも見てみたが、該当するデータが見つからなかった)。
多くのキャラクターは人間が縫いぐるみを着て演じている。ただ一人、チャシャ猫だけが猫の人形(マペットか操演か、人形アニメかは不明)を使っているが、非常に出来がよい。
 作品は一部ミュージカル仕立て(とはいえ、歌の場面は少ないが)。原作に忠実に作られ、他の作品で見られるように、トゥィードルダムなど『鏡の国』の登場人物を出すようなことはしていない。90分ほどの時間に収めているので原作を端折った部分もあるが、一見の価値のある作品と云えよう。NHKに再放送を望みたい。その際には、もちろん、オリジナルのクレジットをカットせずに。

※追記(2002.4.27)
制作年とスタッフ、キャストが判明したので記載した。

※追記(2005.11.19)
キャストの詳細と、本国での放映状況が判明した。
この番組、本国では各話30分、全4話として放映されていた。日本での放映(各45分、前後編)に際し30分カットされたことになる。日本版に登場しない俳優とその配役は以下の通り。
デヴィッド・レナード(ルイス・キャロル)、ピップ・ドナフィ(帽子屋)、ニール・フィッツウィリアム(三月兔)、エリザベス・スレイドン(ヤマネ)
参考リンク:
"Alice in Wonderland - miscellaneous TV plays"
Internet Movie Database――Alice in Wonderland (1986) (TV)

(2013.3.31訂正)
日本版でも裁判の場面には登場していた。

※追記(2013.3.31)
2013年3月に、BBCアメリカから本作のDVDが発売された。それにより、このドラマの全体像と配役が判明。以下、NHK版との相違点を記載する。
  • 全4話の放映内容は以下の通り。
    • 第1話:鼠の尾話のあと、アリスがダイナのことで口を滑らせ、動物たちが逃げて行くまで。
    • 第2話:森の中でチェシャ猫と再会、三月兎の家へ向かうまで。
    • 第3話:グリフォンにつれられて海亀フーへ会いに行くまで。
    • 第4話:アリスが目覚めるまで。
  • キャロルとダックワース、リデル家の三姉妹が行った川遊びで話される物語がこの話であるという、史実に沿った「枠物語」の型式を取っている。そのため、冒頭ではキャロルの"All in the golden afternoon"のナレーションから始まり、話の最後もボートで帰る五人の映像と共に、原作冒頭の詩の一節が流れる。この場面でのアリスの姉妹は、物語に出てくるアリスのお姉さんとは別の女優が演じている。
  • 日本版ではドラマの最後にチェシャ猫が現れて「『不思議の国のアリス』はこれでおしまいです。とても楽しい夢物語でしたでしょ」と云って笑う(日本語版でチェシャ猫の声を当てているのは神山卓三。『チキチキマシン猛レース』のケンケン役。この笑い声もケンケンを彷彿とさせる笑い)が、本来の版では上記構成のため、この場面はない。日本版のオリジナルである。
  • 英国では全4話となっていることから、各話冒頭では川遊びとピクニックの場面が挿入され、そこから本篇へと移行する。川遊びの場面(現実の場面)は、ドラマと違いセピア色・モノクロームの映像。
  • もともとの版では120分ということで、原作のカットは殆どない。場面としてのカットは白兎の家を逃げ出したアリスが子犬に会う場面のみ。
  • 日本版ではカットされていたが、青虫との会話の場面で"You are old, Father William"が歌われる。この場面ではウィリアム父っつぁんと息子のやりとりがシルエットで演じられる。
  • 気違いお茶会の場面は英版ではちゃんと映像化されている
  • 各話のクレジットでは、配役が"In Wonderland"と"On the Picinic"という風に、現実世界と物語で分けて表示されている。
 配役について「主な出演者」に記載する。2002年判明分には無印、2005年判明分には*、今回判明分には**を附して区別する。


タイトル制作年・国
鏡の国のアリス
Alice Through the Looking Glass
1998・英国
実写/アニメの別監督
実写監督:ジョン・ヘンダースン
主な出演者
ケイト・ベッキンセール(アリス)、シャーロット・カーリー(アリスの子供)、シアン・フィリップス(赤の女王)、スティーヴ・クーガン(蚊)、ゲイリー・オルセン(トゥィードルダム)、マーク・ウォレン(トゥィードルディー)、ブライアン・ギルクス(セイウチ)、ジョン・カッシェン(大工)、イアン・ホルム(白の騎士)、イアン・リチャードスン(雀蜂)
レビュー
 英国のテレビ・ムービー。母親が子供に『鏡の国のアリス』の話を読んでやっている。そのうち母親自身がアリスとなって鏡の国へ入って行く、という設定で『鏡の国のアリス』の話が始まる。そして、最後の女王アリスのパーティの途中で子供に呼び戻されると夢だった、という形で現実に戻ってくる。つまり子供に本を読んでやっている母親の夢、という形での枠入り物語にしているのだ。オープニングで子供部屋が映るが、部屋にあるぬいぐるみやヴィデオゲームが「鏡の国」の住人に対応している。
 大人がアリスを演じると、どうしても不自然さが出てしまう。特に『鏡の国のアリス』では、アリスの年齢が「ちょうど七歳と半年」という科白が出てくるので、なおさら妙な感じがする。この映画では母親がアリスを追体験するという形でその不自然さを緩和している(なお、アリス役の女優は、この映画を撮影しているとき妊娠していたそうな。それもあって「お母さんが本を読む」という設定が生まれたのかも知れない)。
 母親の夢という「枠」を除けばストーリィは原作にかなり忠実に作られている(鏡の国の虫を人形アニメで作ったり、マトンやプディングに喋らせてもいる)。残念なことに名無しの森のシーン、ライオンとユニコーンの場面などはカットされているが。登場人物の扮装や各エピソードの舞台となる場所などは、必ずしもテニエルのイラスト通りではない。また、詩の朗読部分などはイメージビデオ的に編集しており、人形アニメと実写などがコラージュ風に表現されている。人物も、動物などの実写や人形アニメーションと、実際にぬいぐるみを着た人間とが一瞬にして入れ替わったり(たとえば、ハンプティ・ダンプティの場合だと、人間と卵の人形アニメーションが出てくる)と、ちょっと子供が見ると難しいような部分も多い。
 面白い工夫としては、チェスの升目を進むところ。一つの世界の境界を越えるという解釈なのか、映像では、見えない壁を通り抜けるような効果が使われている。そして、「世界」が変わるごとに、アリスの髪に着いている髪飾りが変わってゆく。また、「ジャバーウォック」では、第一章の場面でアリスは最初の二行だけを読み、「誰かが誰かを殺したのは確かね」という。そして、詩を完全に朗読するのは後の方で出てくるハンプティ・ダンプティなのだ。朗読の間、画面はジャバーウォック退治のイメージ・シーンが映されている。
 映像上の工夫以外にこの映画で、面白いと思った点は、一つは「鬘をかぶった雀蜂」の挿話が映像化されたこと。それともう一つは白の騎士をイアン・ホルムが演じていること。『ドリームチャイルド』でキャロルを演じたイアン・ホルムをキャロルの分身でもある白の騎士に充てたのは、はっきり意識した上でのことだろう。そして、映画の最後。母親が自分の部屋へ帰った後、子供が懐中電灯片手にベッドの毛布の中でA BOAT, beneath a sunny sky,の詩を全文声に出して読むのだ。そしてLife, what is it but a dream?まで読んで幕になる。
 原作を読んだことのない子供が『鏡の国のアリス』を観るための映画ではなく、原作を既に読んでいる大人が観るための映画といえよう。


タイトル製作年・国
不思議の国のアリス
Alice's Adventures in Wonderland
1999・米国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作:ダイソン・ラヴェル
監督:ニック・ウィリング
主な出演者
ティナ・マジョリノ(アリス)、ベン・キングズレー(芋虫)、ウーピー・ゴールドバーグ(チェシャ猫)、マーチン・ショート(帽子屋)、ミランダ・リチャードソン(ハートの女王)、ジーン・ワイルダー(海亀フー)、ピーター・ユスチノフ(セイウチ)、クリストファー・ロイド(白の騎士)
レビュー
 テレビ・ムービー。『不思議の国のアリス』をメインに、一部『鏡の国のアリス』のエピソードが挿入されている。
原作に大きな改変が加えられており、それが、ファンとしては気に入らない部分とい うことになる。
  • 『不思議の国のアリス』の途中で、何の工夫もなく『鏡の国のアリス』のエピソードが侵入してくるという点(まがい海亀たちと別れてから裁判までは、完全に『鏡の国のアリス』のエピソード、それも順番が無茶苦茶)。
  • 細かい点で云えば鼠たちと出会うところや別れるところ、それに白うさぎの家に着くところなどが、非常に「自由」な脚色である(原作では涙の池から上がった場所は図書館ではないし、動物たちも同じように池に落ちている。その上、白うさぎの家は、ちゃんと普通に家がある)。この辺りは脚色なのだと思えば気にならない部分ではあるが。
  • 芋虫が、あまりにもサイケ的過ぎる(確かに、茸を食べて身体が伸縮するというくだりは、昔から麻薬によるトリップを表しているという解釈があるが、映像でそこまで踏み込んで描くべきではないと思う)。当然、原作の芋虫は蝶になったり消えたりしない。
  • 原作では、グリフォンのところへはハートの女王がつれて行き、そこからグリフォンがアリスをまがい海亀のところへ連れて行く。当然、迷路などはない(この部分、アリスに影響を受けた映画『ラビリンス 魔王の迷宮を意識した作りだと感じた)。
 細かいことを言い出せばきりがないが、一番問題なのは、このドラマが原作とは大きく違って「不思議の国=アリスの成長のための通過儀礼」というスタンスを取っていること。

  「歌を人前で歌うのが怖い」→夢の中で確たる自分を持つ→「人前で歌が歌える」

 なんのことはない、「不思議の国」の登場人物たちは、アリスに勇気を与えるためだけに出てきたことになってしまう。そして、皆が皆、非常に協力的なのだ(それが、白うさぎが最後に云った「もう、僕たちを必要じゃないんだね」というような意味の科白になるわけだが)。原作の、論理的でありながら不条理という世界に突き落とされたアリスが、最後に「あんたらなんかただのカルタじゃないのさ」と云って夢から覚める(そして、お姉さんがその夢を追体験する)のとは大きな違いである。トランプが襲いかかって、夢から覚めると木の葉だった、という原作のシーンが使えないので、原作にないリンゴを出したのだろう。しかもこの「成長」というテーマを活かすために、ドラマでは、これまた映画版の(原作とは幾分かけ離れた)『オズの魔法使い』の手法(不思議の国の人間と現実の世界の人間が対応する)を使用している。
 作品としての外見こそ似ているものの、脚色段階で全くの別物にされてしまったような気がする。


パロディ、キャロルに影響を受けた作品

タイトル製作年・国
Alice1965・英国
実写/アニメの別監督・脚本
実写監督:ガレス・デイヴィス
脚本:デニス・ポッター
主な出演者
ジョージ・ベイカー(ルイス・キャロル)、デボラ・ワトリング(アリス・リデル)、ロザリー・クラッチベリ(リデル夫人)、デヴィッド・ラングトン(リデル学寮長)、テレサ・ワイアット(ロリーナ・リデル)、マリア・コイン(イーディス・リデル)、マルコム・ウェブスター(ロビンソン・ダックワース師)
レビュー
 このドラマはBBCの番組The Wednesday Playの中の一つとして、1965年に放映された(ジョナサン・ミラー版Alce in Wonderlandも、同じくThe Wednesday Playでの放映)。2010年に再発売された、ジョナサン・ミラー版Alice in WonderlandのDVD(米版)に特典映像として収録されている。
 物語は、列車に乗っている年老いたキャロルの回想という形で始まる。
 オクスフォードの数学講師であるキャロルはリデル学寮長の娘であるアリスのことを気に掛けている。ある日学寮長から娘三人を川遊びに連れて行って欲しいといわれ、そこでアリスを主人公にしたアリスの話をする。その後、リデル夫人の懸念と手紙を破る話、アリスの写真を撮影するエピソード、『不思議の国のアリス』出版についてのアレグザンダー・マクミランとの対話、数年後、再びアリスたちとピクニックへ行くエピソード等が描かれた後、列車の中の老いたキャロルで話は終わる。
 『不思議の国のアリス』誕生秘話といった趣で、それをキャロルの側から描いている。大げさな表現をした学生を叱るエピソードや、大学運営に関するリデル学寮長との対立も描いているが、中心はアリスとキャロルとの関係。ここでのキャロル像は、不器用な愛情をアリスに注いでいるというもので、デニス・ポッターが20年後に再び脚本を書いた『ドリームチャイルド』の原型といえよう。ドラマの主役、回想する老人をキャロルからアリス移し替え、キャロルから見たアリスを、アリスから見たキャロルに置き換えれば、そのまま『ドリームチャイルド』の中心エピソードとなる。似たような場面、時として、全く同じ場面が『ドリームチャイルド』で使われているのだ。
  • 三姉妹の会話、「don't」という言い方を聞き咎めて「do notと言いなさい」と注意する。
  • 『不思議の国のアリス』の場面が映像化され、アリス・リデルがそこに登場する。
  • 引用・映像化された『不思議の国のアリス』は、気違いお茶会の場面(川遊びの時であるというところまで同じ)、海亀フーとグリフォンの場面、それと青虫の場面の三エピソード。
  • 川遊びにリデル夫人が同行している。
  • 川遊びの際、アリスをじっと見つめるキャロル。アリスは川の水をキャロルに掛ける。
  • 男の人に心を奪われる「lose your head」というキャロルの言葉に「ハートの女王ね」と返すアリス。
  • ハーグリーヴズ(後のアリスの夫)やリデル夫人も一緒のピクニック、詩の暗唱を頼まれたキャロルは吃ってしまい、途中でやめてしまう。ロリーナは『不思議の国のアリス』の最後の一節を読み、それを聞いたアリスはキャロルを抱擁する。
 上記のように、キャロル像の解釈は『ドリームチャイルド』と同様、現在では否定されたものといえる。また、見る者が感情移入するように作られているかというと、やや突き放した視点で作られているようにも見える。白黒であり、今となっては必ずしも万人に勧められるものではないのかもしれない。
 とはいえ、キャロル好きならニヤリとする部分もないではない。大学に植えられているバラが白い。キャロルは「赤の方が好きだ」というと、園丁の子供が、「ペンキで赤く塗ったらどうか」といい、キャロルはペンキでバラを赤く塗るトランプの園丁の幻影を見る。他にも、キャロルがアリスへのプレゼントとしてオルゴールを買うのだが、その音楽が「きらきら星」。キャロルはそれを聞きながら替え歌を考える、等。それに、撮影は実際のクライスト・チャーチで行われている。これらの点や、『不思議の国のアリス』のいくつかの場面が映像化されていること、そして、何度もいうように『ドリームチャイルド』の原型ともいえるドラマであることから、アリス好きな人は、一度は観る価値のあるドラマであろう。


タイトル製作年・国
不思議の国のアリス・イン・パリ
Alice of Wonderland in Paris
1966・米国
実写/アニメの別原作・監督・脚本
アニメ原案:ルイス・キャロル
原作:ルドウィッヒ・ベーメルマンス「マドレーヌといたずらっこ」「マドレーヌとジプシー」
 イブ・タイタス「ねずみのとうさん アナトール」
 クロケット・ジョンソン「しかめ面の王子」
 ジェームズ・サーバー「たくさんのお月さま」
監督:ジーン・ダイチ
脚本:ルドウィッヒ・ベーメルマンス他
声の出演
リュース・エニス、ノルマ・マクミラン
レビュー
 冒頭、置物の形で『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の登場人物が写る。アリスはマドレーヌの絵本を読んでいる。パリは現実の不思議の国、行ってみたいと言っているところへ、チーズ会社のビジネスマウスだという鼠のフランソワが現れる。いろんな種類のチーズでどれが好きかアンケートをとっているというのだ。アリスはパリに連れて行って欲しい、そこでマドレーヌに会いたいと言うと、フランソワはアンケートに答えたらパリへ連れて行ってやるという。アリスは、チーズバーガーと答える。鼠は落胆し、君は何も知らない、パリでチーズを食べさせるから、どれが一番か選んでくれという。かくてアリスなフランソワの持っている身体が小さくなるチーズ(魔法のきのこが入っている)を食べ、彼の乗ってきた自転車の後ろに乗り、地下の道を通って、パリへと行く。
 一種の枠入り物語で、アリスと鼠がパリへ行くという枠の中で短篇のお話がアリスとフランソワによって語られる(そして、それがそれぞれ短篇アニメになっている)という構成になっている。
 最初の一話は、アリスの家でフランソワが語る、自分の先祖がチーズ会社の副社長となったいきさつ(「ねずみのとうさん アナトール」)。パリに着いてからは、スペイン大使のいたずらな息子とマドレーヌの話(「マドレーヌといたずらっこ」話者:フランソワ)、不機嫌な王子様の話(「しかめ面の王子」話者:アリス)、月が欲しいという、病気のお姫様の話(「たくさんのお月さま」話者:アリス)、ジプシーのカーニヴァルに行ったマドレーヌの話(「マドレーヌとジプシー」話者:フランソワ)と、計五本の話が語られる。
 最後にアリスがマドレーヌのいる寄宿学校を覗くと、マドレーヌは『不思議の国のアリス』を読んでいた、アリスがマドレーヌの夢を見て、マドレーヌはアリスの夢を見ていたというオチ。アリスはチーズの効果が切れて大きくなり、宙に浮かんで帰って行く。目が覚めると、お母さんがチーズを用意してくれていた。それを食べて幕。
 上記のように、短篇童話(絵本のアニメ化)のオムニバスをまとめるためにアリスを持ち出してきた作品であり、「原案」とはあるが、単にキャロルのアリスの名前を借りただけといえる。アリスがチーズバーガーが好きと言ったり、カッテージチーズにジャムを着けたのが好きと言ったりするあたり、いかにもアメリカで作られたアニメーションだ。子供向きの童話のアニメーションとして見るには良いかも知れないが、『不思議の国のアリス』は期待しない方が良い。
 誤訳で気になったのが、字幕、吹き替えともにアリスの飼い猫ダイナをダイアンとしているところ。英語では、ちゃんとDinahと発音していた。訳者は『不思議の国のアリス』を読んでいないのだろうか?


タイトル製作年・国
エッチの国のアリス
Alice in Wonderland
1976・米国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作総指揮:R. クルーザー
監督:バッド・タウンゼンド
主な出演者
クリスティン・ド・ベル(アリス)
レビュー
 『アリス』を下敷きにした、ポルノ・ミュージカル。現在の日本のアニメーションでは相当に際どいものもあるが、実写でポルノ仕立てのミュージカル(ミュージカル仕立てのポルノか?)ということで紹介する。
 図書館で務めるアリスは、恋人とうまくいっていない。ある日、兎に誘われ不思議の国へ(鏡を抜けて!)入って行く、というもの。最後はもとの世界に帰り、うまく行っていなかった恋人と仲直りできてめでたしめでたしというところで終わる。筋立ては「いかにも」なポルノであり、荒唐無稽かつ唐突である。しかし、妙なところで理屈が通っている部分があり面白い(アリスがDrink meの液体を飲んだとき、アリスは確かに小さくなる。しかし、なぜ服が小さくなるのか? この当然過ぎる疑問にこの映画ではちゃんとポルノ的な解決を示している。また、トゥィードルダムとトゥィードルディーは若いカップルになっている)。映画が映画なので、これ以上のコメントは差し控えるが……。
 呆れるとかなんとかいうより、よくこれだけポルノグラフィーに移し替え、しかもミュージカルに仕立て上げたものだと感心してしまう映画である。


タイトル製作年・国
Alice at the Palace1982・米国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作:ジョセフ・パップ
舞台版演出・作曲:エリザベス・スワドス
ビデオ版監督:エミリー・アードリノ
振付:グラシエラ・ダニエレ
主な出演者
メリル・ストリープ(アリス)、デビー・アレン、ベティ・アバーリン、マーク・リン・ベイカー、マイケル・ジーター
レビュー
 Alice in Concertの題でブロードウェイで演じられたミュージカルをテレビ放映用に編集・収録したもの。題を日本語に訳すとすれば『パレス座のアリス』とでもなろうか。ミュージック・ホール「パレス座」で、『アリス』のレビューを演じている、といった設定である。内容はメリル・ストリープ演じるアリスを中心に、他の役者が入れ替わり立ち替わり(一人何役も演じて)『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の代表的なシーンを、現代のミュージック・ホール風に演じるというもの(女王アリス戴冠のところでQueen Alice Pleasance Liddellの科白があるのがご愛敬)。劇場のバルコニー席とそこにいる観客も舞台の一部になっている。設定がミュージック・ホールなので全編歌で構成され、単なる科白の部分は非常に少ない。舞台転換を含め一部映像の特殊効果が使われるが、舞台の雰囲気も伝わってくる(テレビ放映用の特別セッションなので、観客は入っていない)。
 後半、『鏡の国のアリス』に入ってややだれるが、日本にこのプロダクションが来るようなことがあれば、オリジナル・キャストであれ日本キャストであれ是非観てみたいと思える、楽しい舞台になっている。


タイトル製作年・国
ドリームチャイルド
Dreamchild
1985・英国
実写/アニメの別製作・監督・脚本
実写製作総指揮:デニス・ポッター、ヴェリティ・ランバート
監督:ギャビン・ミラー
脚本・デニス・ポッター
(人形:ジム・ヘンソン)
主な出演者
コーラル・ブラウン(アリス・ハーグリーヴズ)、アメリア・シャンクリー(少女時代のアリス・リデル)、イアン・ホルム(ルイス・キャロル)
レビュー
 1932年にキャロル生誕百年祭に招待され渡米したアリス・ハーグリーヴズが、自分の少女時代を回想するという物語。「アリス」のモデルであること、少女時代のドジスンとの関係をずっと気に病むアリスが、少女時代の回想や『不思議の国』の人物たちの幻想を見て、ドジスンに心から感謝することで物語が終わる。冒頭の海亀フーとグリフォンの場が最後のシーンにも出て来て、そこで少女アリスとドジスンが手を取り合う場面は感動的だ。
 この映画について日本で悪い評価を聞いたことはほとんどない(例外は、日本封切時に新聞で「退屈な映画」と評されたことと、1990年の矢川訳『不思議の国のアリス』の書評の中で唐十郎がこの映画を酷評していたくらいか)。明らかにキャロルや「アリス」に思い入れのある人間を対象にして、しかもそういう観客の望む筋立てである以上、当然とも云える。また、ジム・ヘンソンのマペットがテニエルのイラストそのものと云っても良い出来で、それも評価を高める理由となったのだろう。
 ある意味であざとい造りでもあり、この映画での時代考証にも問題がないではない(キャロルがアリスに献呈した『不思議の国のアリス』は、断じて緑表紙のPeople's Editionではないし、クライスト・チャーチ屋上の撮影スタジオは、当時存在していなかった)。アラを探せばいくらでも探せるのだが(いくら何でもドジスンが老けすぎていないか、とか)、この映画にはそれを超えて余りある魅力がある。本物そっくりとも云えるアメリア・シャンクリーやコーラル・ブラウンのアリス、姿はともかく「これぞキャロル」といった演技を示したイアン・ホルムなど役者にも恵まれている。
 機会があれば是非観て貰いたい映画である。


タイトル製作年・国
今夜は最高!(原田知世ゲストの回)1985・日本
実写/アニメの別制作・監督
実写――
主な出演者
タモリ、原田知世、小林克也
レビュー
特番とか、ドラマという訳ではない。タモリの『今夜は最高!』で、ゲストに小林克也と原田知世が出演した回。最初は「シャボン玉ホリデー』の「お父っつぁん、お粥ができましたよ」のコントを英語で、その後三人のトークを挟んで、翌週18歳の誕生日を迎える原田知世をアリスに、タモリと小林克也が他の登場人物を演じたディズニー版『不思議の国のアリス』のパロディ・コント。場面は兎を追いかける場面→ホールの場→Drink meとEat meのあと、巨大化したアリスの手足が白兎の家から飛び出し――兎が驚いて逃げ出し――キノコ(チョコレートの「きのこの山」)を食べて小さくなる→トゥィードルダムとトゥィードルディー→気違いお茶会でディズニー風のHappy Unbirthday(「なんでもない日」となっている)のケーキ(であり、一足早いバースデーケーキ)をアリスが吹き消してコントが幕。コントの後はベストヒットUSAのパロディ、その後ディズニー映画の歌(英語)のメドレー、という構成。
紹介するべきかどうか迷ったものの、こういう番組があったという記録にはなると思い紹介した次第。


タイトル製作年・国
ラビリンス 魔王の迷宮
Labyrinth
1986・米国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作総指揮:ジョージ・ルーカス
監督:ジム・ヘンソン
(脚本:テリー・ジョンズ)
主な出演者
ジェニファー・コネリー(サラ)、デヴィッド・ボウイ(ジャレス)
レビュー
 弟の子守をしていたサラは、いくらあやしても泣きやもうとしないのに腹を立て、ゴブリンに子供を連れていって欲しいと云ったところ、本当にゴブリンの王ジャレスが弟を連れていってしまう。弟を返して欲しいと頼むサラにジャレスは、13時間以内に迷宮を抜け、自分の住む城へと来るように云う。そしてサラの冒険が始まる、というストーリィ。
 迷宮の中の冒険では、迷路もさることながら、言葉遊びや謎掛けと、キャロルの強い影響を受けている。また、この頃ジム・ヘンソンは『ドリームチャイルド』『オズ』(原題Return to Oz)も手がけており、ラストの場面は、『オズ』と同趣向である。マペットの動きなど、「アリス」の影響を考えず、単にファンタジー映画としても充分に愉しめる映画である。


タイトル製作年・国
テレビの国のアリス1986・日本
実写/アニメの別制作・監督
実写制作:宮田修
演出:伊藤博文、三雲節
主な出演者
後藤久美子(女の子)、笑福亭鶴瓶(白うさぎの声)
レビュー
 NHKが初めて、本格的にCGを使い制作したドラマ。25分のミニドラマである。かつて「国民的美少女」と呼ばれた後藤久美子のドラマ・デビュー作(当時11歳)。
 主人公の女の子の誕生日、お父さんがプレゼントを持って帰ってきてくれたのだが、バースデイ・ケーキのろうそくを吹き消した瞬間、白うさぎの時計がプレゼントを持って行ってしまう。女の子は白うさぎとプレゼントを追いかけて、不思議な世界へ入り込んで……、というストーリィ。CGによる画像効果を見せるため「だけ」に作られたような作品。不思議の国で、他の世界へ行く時(そして、現実の世界へ戻る時)の合言葉が「私はアリス」であり、不思議な世界へ行く点、「アリス」という合言葉、この二点で(あと、ドラマの主題歌が大貫妙子の『不思議の国のアリス』であるという点で)『不思議の国のアリス』との接点を保っている。そして、それ以上の作品ではない。
 ドラマ初主演の後藤久美子が初々しく、ファンにはたまらないドラマであろうが、一般には資料的な価値以上のものはないと思われる。


タイトル製作年・国
アリス
Alice
1988・スイス
実写/アニメの別製作・監督
実写+人形アニメ製作:ペーター・クリスチャン・フォイター
監督:ヤン・シュヴァンクマイヤー
主な出演者
クリスティーナ・コルトバー(アリス)
レビュー
 チェコのヤン・シュヴァンクマイヤーによる、実写と人形アニメーションで作られた作品。原作通りの『不思議の国のアリス』ではなく、あくまでキャロルの原作にインスパイアされた作品、ということになる。
 アリスの見た夢について、原作を読めば悪夢という解釈も可能になる。そして、その「悪夢」の解釈を極限まで押し進めて作られたのがこの作品といえようか。幻想的な画面と、原作にある残酷さを正面に出している。映画で初めて観たとき、「首を切れ!」で、本当に紙人形の首が切られたのに衝撃を受けたことを思い出す。評価の高い作品であり、作品としての完成度も高い。
 ただ、個人的にはこの作品、あまり好きではない。画面の印象が暗すぎるというのが一点、もう一点は「少女いじめ」に終始している感があるからだ。丁度、この映画を劇場で見た時、あの宮崎勤事件があった頃だったので、その印象が余計にするのかもしれないが。
 観た後、不気味な感覚の残る作品である。


タイトル製作年・国
マトリックス
The matrix
1999・米国
実写/アニメの別製作・監督
実写製作:ジョエル・シルヴァー
監督:ウォシャウスキー兄弟
主な出演者
キアヌ・リーヴス(ネオ)、ローレンス・フィッシュバーン(モーフィアス)、キャリー=アン・モス(トリニティ)
レビュー
 表の顔はプログラマー、裏の顔はハッカーのネオは、ある日自分のコンピュータに「マトリックスが見ている」「白兎に付いて行け」との文字が出ているのを見つける。「白兎」の刺青をしている女性に付いて行ったバーで出会ったのは、同じくハッカーのトリニティ。翌日、ネオは警察に捕まってしまい、「モーフィアス」なる男を捕らえる手助けをしろと云われるのだが……。
 昔、ウォルト・ディズニー・プロの映画で『トロン』というのがあった。今のヴァーチャル・リアリティを先取りしたような映画であったが、CGの珍しさ以外に大して取り柄もなく、今では知る人も少ない映画となってしまった。この『マトリックス』は、『トロン』のヴァーチャル・リアリティとは別の意味で、ヴァーチャル・リアリティを追求した映画ということが出来る。また、80年代後半から日本のアニメ文化がアメリカへと上陸したが、その影響も多く見られる。冒頭の「白兎に付いて行け」に始まり、この作品には「アリス」がサブテクストとして使われている(もう一つの大きなサブテクストは聖書)。真っ正面からヴァーチャル・リアリティを扱うため、観客は必然的に『鏡の国のアリス』の有名な問い「夢を見たのはどっち?」を意識することになる。単純にエンターテインメント映画として観ても良し、「アリス」や聖書、あるいはその他の書物の引用を「深読み」しながら観るも良し。アメリカのヴァーチャル・リアリティと日本のいわゆるオタク文化との良質の果実ともいえる作品である。


タイトル製作年・国
アリス・イン・ワンダーランド
Alice in Wonderland
2010・米国
実写/アニメの別監督
実写ティム・バートン
主な出演者
ミア・ワシコウスカ(アリス)、ジョニー・デップ(マッドハッター)、ヘレナ・ボナム=カーター(赤の女王)、アン・ハサウェイ(白の女王)
レビュー
 6歳のアリスは毎夜、怖い夢を見ては父に慰められていた。それから13年、亡父のビジネス・パートナー主催のガーデン・パーティに呼ばれたアリスはそこでプロポーズを受ける。急のことに戸惑い、逃げ出したアリスは服を着た白兎を追いかけ、穴へと落ちてしまう。そこは、赤の女王が支配している世界だった。アリスは住民たちに「あのアリスなのか?」と問いただされるが……。

 この映画は『不思議の国のアリス』そのものではなく、続編として製作されている。もともと『不思議の国のアリス』という物語はドラマチックな構造を持っていないため、ドラマ性を持った映像にするのが難しい。そこで、原作を忠実に再現するのではなく、その世界を借りて、続編という形でオリジナルなストーリィを作り上げることになったのだろう。その上で生み出された話は、ゲーム『アリス・イン・ナイトメア』や、映画『オズ』(原題Return to Oz)を彷彿とさせる。
 では、映画を観た感想はどうであったか? キャロルが好きな者にとって、非常に満足のゆく作品になっている。作品の端々に、原作や過去の『アリス』映画の要素があるいはそのまま、あるいはアレンジされ、時として読み替えられた上でちりばめられているのだ。
 原作に関しては、たとえば
  • 父親の名前がチャールズである。キャロルを意識していない筈がない(『水の子』の作者と同姓同名でもあるが)。
  • アリスがコルセットを嫌う。これも現実のキャロルを知っていると納得がゆく。
  • ガーデン・パーティーでアリスたちが踊るのはカドリール。
  • 「朝食前に不可能なことを6つ信じる」という『鏡の国のアリス』の中の科白が、作中で重要な意味を持つ。
  • なぞなぞ「大鴉と掛けて書き物机と解く。その心は?」が、作中、何度も繰り返される。
  • トゥイードルダムとトゥイードルディーが、マザーグースもかくやとばかりに、大きな鳥(後にジャブジャブ鳥と判る)にさらわれる。
  • 年代記(予言の書)は絵で描かれているが、その中で、予言の書を読むアリスの図がラッカム風の絵になっており、一方、ジャバーウォック退治の場面は、テニエルの挿絵に忠実に描かれている。
  • 赤の女王の王宮の召使いが蛙と魚。
  • 牢に入れられたマッドハッターの場面が、『鏡の国のアリス』でテニエルの描く、牢に入ったHattaの図を思い出させる。
  • 三月兎による調理風景が、公爵夫人の料理人をなぞっている。
  • 決戦の戦場が巨大なチェス盤になっている。
 等々。特に「ジャバーウォッキー」に関する部分では、ジャバーウォックのみならず、バンダースナッチやジャブジャブ鳥も映像化されている(それに、おそらくラースと思われる生き物も)。そして、この部分では、詩を読み込んだ上での読み替えもなされているのだ。劇中、ジャバーウォックを退治するための剣として「ヴォーパルの剣」が出てくる。これは「ジャバーウォッキー」の中でジャバーウォックを殺したのがvorpal sword(小文字なのでvorpalは形容詞)というところから、固有名詞としての「ヴォーパルの剣」としたものだ。また、予言ではジャバーウォックは「フラブジャスの日」に退治される、となっている。これも詩の中で、我が子がジャバーウォックを退治したと知った父が、「O frabjous day!」と喜んだという部分から来ている。「ジャバーウォックを退治した日なのでfrabjous dayだ」という形容詞を読み替え、固有名詞としての「フラブジャスの日」にジャバーウォックは倒されるとしている。剣も日も、ちゃんと解った上で意味づけを逆転しているのだ。また、「ジャバーウォッキー」では、退治するのは息子、即ち男であるが、テニエルの挿絵ではアリスに似た女の子になっている。今回はその二つを受けて、予言の書でジャバーウォックを退治するのがアリスであるということにしながらも、その勇者(=アリス)をマッドハッターが「him」と、男性形で呼ぶ場面が作られている。
 原作の引用は枚挙にいとまがないが、過去の映画からの引用も多い。
  • 冒頭、眠れないアリスの場面は、『オズ』冒頭の眠れないドロシーの場面を思い起こさせる。
  • 兎穴をのぞき込むアリスを、穴の中から写すという構図は、1933年版『不思議の国のアリス』の構図そのまま。落ちて行く穴の中は1999年版『不思議の国のアリス』を彷彿とさせ、落下終点でアリスが逆さまになり、アリスの主観映像では床と天井が逆になっているというのはディズニーアニメ『不思議の国のアリス』と同じ。その後入ってきたホールは1999年版と同じような構造になっている。
  • 飲み食いした時のアリスの身長変化に対し、服はそのままの大きさで伸びたり縮んだりしないというのは、『エッチの国のアリス』の手法そのまま。
  • マッドハッターがテーブルの上を歩いてアリスのところまで行く。帽子屋がテーブルの上を歩くというのは、過去の『アリス』映画の「お約束」ともいえる演出で、1933年版1972年版『不思議の国のアリス』ディズニーアニメ1999年版などでも帽子屋がテーブルの上を歩いたり、テーブルの上で踊ったりしている。今回も、そのお約束を守るために、わざとテーブルの上を歩いているといった演出になっている。
  • 衛兵に引っ立てられて行く蛙のシーンはディズニーアニメで引っ立てられるトランプと同じ構図。
  • チェシャ猫の出没の中でワンカット、三日月がチェシャ猫の顔になる部分があるが、これはディズニーアニメでのチェシャ猫の表現。
  • 映画の最後の場面で蝶が飛んで行くところは、『ラビリンス 魔王の迷宮のラストを彷彿とさせる。
 等々、こちらも枚挙に暇がない。
 特筆すべきは、ジャバーウォックの造形だ。チョッキこそ略しているが、テニエルの絵そのままのジャバーウォックが画面に出現するのだ。他の登場人物がテニエルの絵から独立したデザインであるのに比べ、ジャバーウォックだけは徹底してテニエルに忠実に造形されているのである。そして、それが画面でアリスと戦うのだ。
 もっとも、原作から見てどうかと思う改変もないではない。最大のものは、マッドハッターの性格設定だろう。マッドハッターのアリスに対する態度は、むしろ原作の白の騎士のものではなかろうか。また、バンダースナッチの造形にも疑問がある。『鏡の国のアリス』だけを典拠にするなら、あの造形で問題はないが、『スナーク狩り』に出てくるバンダースナッチの特徴まで考えると、首を伸ばすことの出来そうにないバンダースナッチというのは問題であろう。そして、不思議の国へ行った時点のアリスの年齢を6歳としているのも疑問であるし、アリスの人物像も21世紀のものであり、ヴィクトリア朝の女性としては、原作の目を通した上でも、不自然に感じる。とはいえ、これらは僅かな瑕瑾というに過ぎない。むしろ評価すべきは、映画のテーマの中心にアリスのアイデンティティ探索が据えられている点だ。これはまさに『不思議の国のアリス』のテーマの一つであるのだから。
 本作の劇場版上映については、字幕翻訳も素晴らしいといえる。英語の科白にある語呂合わせや言葉遊びを、うまく日本語字幕で表現しているのだ。この苦労は認められるべきだ。
 原作や先行映画に対する愛情が感じられる映画だ。原作や過去の映画を知っていればいるほど、そしてこの映画を見返すほどに発見がある、そんな映画である。

《註記》
 この映画の上映に際し、私はプロモーションを手伝いました。具体的には原作に関する資料提供で、映画に関しては褒める必要はない、批判的であればそれはそれで問題ないということでお手伝いを引き受けたのです。実際、映画を観ての感想は上記のように、非常に好意的ではありますが、自分はプロモーションとは無関係に、この映画を高く評価します。とはいえ、そこに手伝ったが故の身贔屓を感じる方がいらっしゃるかもしれません。レビューに当たっては、フェアに行きたいと思っておりますので、この点についてあらかじめ弁明しておきます。


タイトル製作年・国
Alice in Dream Land
実写/アニメの別監督
人形アニメ蜂須賀健太郎
主な出演者
内田彩(アリス)、下野紘(白うさぎ)、一条和夫(闇)
レビュー
 家の外に出ていたアリスは白兎に再会する。白兎はアリスに、また不思議の国へ来てほしいというが、アリスは断る。ある日のこと、アリスの家からお姉さんが消えていた。これは、不思議の国を乗っ取った「闇」の仕業だという白兎の言葉を聞き、アリスは再び兎穴を下り、不思議の国へと行く。そこではトウィードルダムやトウィードルディー、ライオンや一角獣が捕らわれていて、白の騎士が黒の騎士となり、「闇」に従っていた。「闇」はジャバーウォックをも手下にしていた……。
 清水真理の人形をキャプチャしたアニメーションの短篇映画。ストーリーとしては映画『アリス・イン・ワンダーランド』と同じく「再びアリスが不思議の国へ行き、そこの混乱を鎮める」というもの。ただ、主人公のアリスは『不思議の国のアリス』を読んでいて、原作のアリスそのものともいいにくい。アリス本人なのか、『アリス』を読んだ、アリスという名前の少女なのか、ややメタフィクション的な作り方をしている。
 筋は上に書いた通りで、ほとんど何の捻りもない。わずか44分では込み入った話を作るのも難しかろう。むしろ、この映画のセールスポイントは、清水真理の人形のアニメーションというところにある。しかし、それは成功していたのか? その点については、疑問符をつけざるを得ない。この映画は人形を使ってはいるが人形アニメーションではないのだ。人形をキャプチャして、それを素材にCGでアニメーションを作った、おそらくそういう制作過程なのだろう。だから、人物の動きが、人形を使っていながら非常に平面的になっている。その動きもぎくしゃくしたもので、アニメーションとしても「動いてない」と感じさせる。背景等はシュヴァンクマイエルが挿絵を描いた『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』のような、もっといえば雑誌『TH』の美意識そのままでCGの背景を作ったような感じ。 NHK Eテレの番組『ムジカ・ピッコリーノ』を見たことがあるなら、その画面に平面的な人形のアニメーションが挿入されている、そう形容すれば解っていただけるかと思う。
 一つの美意識で統一した映画であり、その美を味わう人には良い映画だと思う。しかし、それ以上のものではない。



タイトル製作年・国
アリス・イン・ワンダーランド〜時間の旅〜
Alice Through the Looking Glass
2016・米国
実写/アニメの別監督
実写ジェームズ・ボビン
主な出演者
ミア・ワシコウスカ(アリス)、ジョニー・デップ(マッドハッター)、ヘレナ・ボナム=カーター(赤の女王)、アン・ハサウェイ(白の女王)、サシャ・バロン・コーエン(タイム)
レビュー
 1875年、航海から帰ってきたアリスは、ビジネス・パートナーのアスコット卿が亡くなったのを知らされる。後を継いだのはヘイミッシュ。彼は、今では結婚していた。ヘイミッシュにあったアリスは、持っていたアスコット卿の会社の株を母が売ったことを知らされる。そして自分の船ワンダー号もヘイミッシュに売るよう求められる。そしてアリスはヘイミッシュの会社の事務員に、と。アリスは蝶になったアブソレムに導かれ、アスコット卿の書斎の鏡からアンダーランドへと入って行く。そこでは、ハッターが落ち込み、家に引きこもっていて皆が心配していた。ハッターは、かつてジャバウォッキーに殺されたと思われる自分の家族に会いたいと思い詰めていたのだ。アシスは白の女王から教えられ、時間を移動できるというタイムスフィアを「タイム(時)」に借りに行くことになる……。
 前作のテーマが「アイデンティ」だとするなら、今回のテーマは「時」と「家族」だろう。時の働きとともに、映画では三つの家族が描かれる。
 映画そのものは、アンダーランドという設定の中で「時間改変もの」を作った、そんな感じがする。特にタイムスフィアについては、パルの『タイムマシン』を思い起こさせる造形に、最初の時間移動の場面では『バック・ト・ザ・フューチャー』を意識しているのがはっきり判る(クライマックスでは『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐(帰還)』も)。「時」の部下たちは、映画『オズ』のティック・トックを彷彿とさせる。航時者と、アンダーランドの時間の進み方が同じに見えるというのは、時間旅行もので、考証を突き詰めないタイプのものではよく見られる。
 総じてエンターテインメントとしては良く出来ている。登場人物が前回から引き続き出ているので、話にすぐに乗ることが出来るという点が大きいと思われる。シリーズの利点といえよう。前作と違って、アリスにはっきりと目的があることで話が推進する。そういう意味で映画としては前回よりも良く出来ているのではないか。
 しかし、これを『アリス』の視点から見たらどうか。そうすると評価に悩む。前作では最初から最後まで、「とにかく画面を読んでくれ」とばかりに原作への言及にあふれていた。今回はというと、話のモチーフは明らかに原作から来ている。『不思議の国』第七章の、人格と考えられる「時」、そして時間と喧嘩した結果の「永遠に終わらないお茶会」だ。そこから「時」という登場人物が映画に登場する。今まで映像化された『アリス』の中で、「時」が実際に登場するのは本作以外では日本アニメーション版『ふしぎの国のアリス』第20話「おかしなティーパーティ」くらいではないか。原作の事情とは幾分違ったハッターと「時」との場面。ここではキャロルも感心するだろう、"time"関連の言葉遊びのオン・パレード。そして「時」自身が自分がいつもそういうジョークでからかわれるとぼやく。
 だが、原作を彷彿とさせるのはこれを除けば「鏡を抜ける」というモチーフ(これは原題ではっきり示されている)と、少女時代の白の女王の「タルトの盗み食い」(疑われるのは赤の女王)、最初に鏡を抜けた場面、その後の落下、アリスの「Curiouser and curiouser!」、それと、ハッターを案じる一同の会話における一連の言葉遊び(ハッター(the Hatter)と問題(the matter)のが話の中でどんどん取り散らかる)、それくらいではないか。
 最初に鏡を抜けたアリスの見たのは、チェスの駒。原作とは違ってアリスも駒の大きさまで小さくなっていて、駒からもアリスは見える。アリスはナイトに襲われそうになり、別のナイトがアリスを助ける。同じ場所にハンプティ・ダンプティがいて、落下、白の王がすぐ兵隊を集めて救出に走る。『鏡の国のアリス』第一章と第六、七、八章を再現してくれている訳だが、これが全く後の話に関わってこない。そこに白の女王がいるわけでもなく、アンダーランドの王家とこのチェスの接点は何も描写されない。アリスはその部屋を出て、また『不思議の国』同様(ただし、今回は開放された空間で)落下(ここでボロゴーヴが登場)してようやくアンダーランドへ至る。前作では落下したアリスがホールのドアを開けて、そこから原作の様々な要素の言及が始まる。その違いがあるため、今回の原作への言及は、全く切り離された印象を与える。
 この映画は『アリス・イン・ワンラーランド』の続編ではあるが、キャロル的な部分というのは時間のモチーフを除けば、ほとんどないと言ってもよいかもしれない。これはエンターテインメント映画が、続編を作ることで世界を確立することを考えれば当然とも言えるが、残念とも言える。
 以下、余談。冒頭で物語が1975年の出来事であると語られ、アリスの航海が3年であったことも語られる。そこから考えれば、前作は1872年(『鏡の国のアリス』初版に記載されている刊行年――実際の刊行年は1871年――)の出来事であり、アリスが最初にアンダーランドを訪れたのは1849年ということになりそうだ。ただ、ここで1875年とされたことで、ハッターのお茶会にある蓄音機が謎ということにもなる。あれは円盤レコードを再生するタイプのものだが、ベルリナーによる蓄音機(グラモフォン)が生まれたのは1887年だ。前回も思ったが、蓄音機をなぜ置いてしまったのか、疑問だ。また、アリスが中国服を着ているが、アリスの言葉から考えれば、これは西太后に貰ったと考えて良いのではないかと思われる。今回も"EAT ME"のケーキがドラマでちょっとした働きをするが、前回と違って服も大きくなっている。また、邦題が『〜時間の旅』としたこと、ドラマの内容からは仕方ないのだが、原題は『鏡の国のアリス』と同じThrough the Looking Glassであるからには、せめて『〜鏡を抜けて』くらいにはして欲しかったように思う。


『アリス』やキャロルを解説した番組

タイトル製作年・国
クイズ・不思議の国のアリス1993年・日本
実写/アニメの別制作
実写制作:NHK
主な出演者
司会:三宅民夫、早坂好恵
回答者:ピーター・フランクル、有田気恵、西田ひかる、クリスティ・コーサル、見栄晴、伊牟田麻矢
出演:エドワード・ウェイクリング(英国ルイス・キャロル協会)、マリー・ラトクリフ(スランディドノウ「ラビット・ホール」オーナー。1990年ミス・アリスコンテスト主催者)、アンジェラ・ヘイゼルダイン(1990年ミス・アリス)、ジャック・ジョーンズ(旧リデル家別荘であったホテルのレストランのシェフ)、山下範行(シェフ。番組でニセウミガメ・スープを実際に調理)
レビュー
 NHKで1993年に放映された番組。『不思議の国のアリス』について、クイズやパズルを交えて紹介しようというもの。縫いぐるみで出てくる白兎が、妙にシュヴァンクマイヤー版『アリス』に似ているのはご愛敬か。ストーリィの紹介では、『不思議の国のアリス』の登場人物が殆どCGアニメーションで作られていた。
 ロケ地として出て来たのはオクスフォード大学博物館、クライスト・チャーチ(及び図書館のキャロルの執務室)、フォーリー橋、「チェシャ猫の木」、クライスト・チャーチ食堂、屋根の上のグリフォン、スランディドノウ(ランディドノ)、旧リデル家別荘、クライスト・チャーチ食堂のステンド・グラス。
 問題は順番に「ドードーが普通の鳥と違って、出来なかったことはなにか」、キャロルの作ったパズル(「一筆書き」の問題、迷路、「8×8の正方形を分割し、組み換えると13×5の長方形になる」からくりの説明、ダブレット『「アリス」を『ウサギ』に」)、「ニセウミガメの正体は(ニセウミガメのスープの材料はなにか)? (番組では、ニセウミガメ・スープを子供の回答者に実際に食べてもらい、その感想を聞いて大人の回答者が回答する)」、「トランプのスーツ(ハート、スペード、ダイヤ、クラブ)の起源は?」、「アリス・リデルの写真はどれか?」
 番組では珍しい映像として『地底の国のアリス』のためにキャロルが描いたイラストの下描きを見ることが出来る(ただ、番組中『不思議の国のアリス』初版本として出て来た本は、後の時代に装丁をし替えたもの)。キャロルのコレクターとしてエドワード・ウェイクリングが出演しており(125の言葉で書かれた『不思議の国のアリス』を所有している、という紹介)、ウェイクリングのコレクションとして見ることが出来るのが「世界で一番大きな『不思議の国のアリス』」、「世界で一番小さな『不思議の国のアリス』」、ピチャンチャチャチャラ語(アボリジニの言葉)版『アリス』(アリスがアボリジニ、白兎の代わりに白いカンガルーが出てくる)、ハンガリー語版『アリス』(ドードーが駝鳥になっている)、スワヒリ語版『アリス』(三月兎が亀になっている)。
 内容としては完全に初心者向けのものである。おそらく再放送はないと思われるので詳しく紹介した。


タイトル製作年・国
グレートブックス 不思議の国のアリス
Alice in Wonderland
製作年不詳・米国
実写/アニメの別制作
実写制作:クロンカイト・ウォード
主な出演者
チャールズ・ラヴェット(北米ルイス・キャロル協会)、モートン・N・コーエン(『ルイス・キャロル伝』著者)、エドワード・ウェイクリング(英国ルイス・キャロル協会)、エリザベス・シューエル(『ノンセンスの領域』著者)、グレース・ スリック(シンガーソングライター)、S. グッデイカー(英国ルイス・キャロル協会)、D. ラキン(テンプル大学教授)
レビュー
 日本ではNHKから『知への旅』のシリーズの中で放映された、「グレート・ブックス」のシリーズの一つ。『アリス』物語の誕生や作者、作品、キャロルの写真についての解説がさまざまな研究者の証言で語られる。ジョナサン・ミラーの映画も紹介されている。ジェファーソン・エアプレーンの曲「ホワイト・ラビット」やジョン・レノンに与えた影響(『サージェント・ペパー』のジャケット)、60年代の若者文化への影響(反抗の象徴)などについても言及される(トム・ペティの『ドント・カム・アラウンド』のプロモーション・ビデオも『アリス』の「気違いお茶会」になっている)。キャロルが『アリス』物語で何をやったかの簡潔な解説ともなっており、キャロルを、そして『アリス』を知るにはきわめて平易なガイドとなろう。


タイトル製作年・国
不思議の国のルイス・キャロル 〜「アリス」を生んだ数学者〜
Private world of Lewis Carroll
1997年・英国
実写/アニメの別制作
実写英国BBC
主な出演者
アン・クラーク・アモー(Real Alice著者)、ベロニカ・ヒッキー(英国ルイス・キャロル協会)、キャロルの大姪と大甥、ジョナサン・ミラー(映像作家)、メアリー・セントクレア(アリス・リデルの孫)、エリザベス・スティーヴンソン(ウェールズ・ランディドノ(スランディドノウ)町・1997年ミス・アリス)、ラルフ・ステッドマン(『不思議の国のアリス』挿し絵画家)、ミシェル・ラトクリフ(ランディドノ「ラビット・ホール」オーナー)、マイケル・ベイクウェル(キャロルの伝記作者)
レビュー
 こちらも日本では『知への旅』のシリーズとして放映された。グレートブックス 『不思議の国のアリス』」とは違い、こちらは研究者の証言でキャロルの人間像を探った番組。『アリス』映画の映像では、ジョナサン・ミラーの映画1903年制作・無声映画の『不思議の国のアリス』ヤン・シュヴァンクマイヤーの『アリス』を見る事が出来る。
 なによりこの番組の貴重なところは、1932年に渡米したアリス・ハーグリーヴズのインタービュー画像が一部見られることだ(ここでアリスがキャロルのことを「ミスター・ドジスン」ではなく「ミスター・ドドスン」と発音しているのが興味深い)。また、晩年のアリスに実際に接した、アリスの実の孫の証言が聞けるのも貴重だ(ここで、アリスのコレクションを父から受け継いだことが語られる。このコレクションは2001年6月6日にサザビーでオークションに掛けられることになる)。
 個人的にはジョナサン・ミラーの「キャロルはおそらく同性愛者だったと考える」という意見には異論があるが、一つの解釈として、こういった番組で話されることには意義があろう。


タイトル製作年・国
『メントーズ〜世界の偉人たちからのメッセージ〜』第4話「不思議の国のルイス・キャロル」
Mentors: Lewis in Wonderland
1999年・カナダ
実写/アニメの別演出
実写フランシス・ダンバーガー
主な出演者
チャド・クロウチャク(オリバー・ケイツ)、サラ・リンド(ディー・サンプソン)
レビュー
 NHK教育テレビで2005年4月28日に放映。主人公の少年オリバーとそのガールフレンドのディーがコンピュータで過去から有名人を呼び出すというドラマの設定で、世界の歴史や偉人について学んで行くという番組。
 ディーのおばあさんが病気でもう長くない。ディーは、おばあさんが会ってみたいと云っていたルイス・キャロルをコンピュータで呼び出してもらう。出てきたキャロルは、自分はチャールズ・ラトウィッジ・ドジスンであり、ルイス・キャロルなどという名前ではないという。1862年、まだ『アリス』を書く前のキャロルだったのだ。ディーはキャロルとおばあさんを会わせようとするが、家に着くとおばあさんは亡くなっていた。悲しむディーをキャロルが慰める。
 上記のような筋の中で、キャロルがオクスフォードの数学の講師だったこと、本名がドジスンであったこと、名前をラテン語にして、もう一度英語にする形でペンネームが作られたこと、テニエルが『パンチ』の人気イラストレーターだったことなどが語られる。キャロルがジャバーウォッキー(この時点では、まだ「アングロサクソンの古詩」)を暗唱するが、これの訳は以前にNHKで放映された『鏡の国のアリス』を少し改変して使用している。話の中で、ちょっとした「遊び」もある
  • 笑う猫の掛け時計をポラロイドカメラで撮影すると、印画紙が目の前で猫の像を結ぶ。
  • バスの腹の部分に絵が描かれているが、それは「DRINK ME」と書かれた瓶だった。
  • 本屋のショーウィンドウにキャロルの本があり、それを眺めているキャロルの前に白兎のぬいぐるみを着た人が現れる。そこで「二つの時計」の話を兎がする。
  • クロケーのゲートに躓き、転んだキャロルが大量にあるフラミンゴの人形の中に突っ込んでしまう。
 つまり、これが後の『アリス』のヒントになった、という訳。子供向きのドラマとして、それなりに面白いが、どうしても、今まで云われている「子供の守護聖人」像で描かれていることに不満はある。「大人との付き合いが苦手で、内気だった」というのは、今となっては否定されていると考えて良い話だ。また、キャロルが白の騎士よろしく、しょっちゅう躓くのも疑問だ。ディーに連れて行かれる途中で息切れがするのも、やや疑問(キャロルは、少なくとも現代人に比べれば健脚だった)。それと、1862年といえば、ルイス・キャロルのペンネームが出来て6年にもなる。このあたり、考証不足ではないだろうか。
 わずか25分のドラマであり、ドラマの枠の中でキャロルのことが語られる以上、内容が盛り込めないのは仕方のないことだし、ドラマの中の彩り程度と考えた方が良いように思える。むしろこのドラマに出てくる他の偉人(アインシュタイン、ベル、ジャンヌ・ダルク、ナポレオン、オスカー・ワイルド、ベートーヴェン等)とともにキャロルが取り上げられていることを喜ぶべきだろう。


タイトル製作年・国
The Life of Lewis Carroll2009年・アメリカ
実写/アニメの別製作
実写Arts Magic DVD
脚本・ナレーション
ピーター・モーガン・ジョーンズ
レビュー
 ルイス・キャロルの生涯を紹介するDVD。キャロルゆかりの地の映像と、キャロル撮影の写真等の関連画像を背景に、75分間、ひたすらナレーションだけでキャロルの生涯が語られてゆく。ただし、出生から『不思議の国のアリス』誕生までは詳細であるが、それ以降は比較的簡単に触れるだけにしている。
 内容は、キャロルに興味のある人間にはよく知られていることが多いが、興味深い点として、1863年6月27日の、切り取られた日記について、近年発見されたメモを紹介し、その日リデル夫人から、キャロルがアリスたちをだしにして、家庭教師のミス・プリケットやロリーナを目当てにリデル家に通っているという噂があると聞かされたということを述べている。未だ、この「切り取られた日記」で憶測をたくましくする人たちが後を絶たないことを考えるなら、この紹介は大きな意味があるだろう。少女ヌードの写真についても、ちゃんとヴィクトリア朝の「無垢」を尊しとする文化との関連で語られている。
 字幕はないが、ゆっくりとしたイギリス英語で聞きやすい(余談だが、ナレーターはDodgsonを「ドッドソン」と発音したり「ドジソン」と発音したりしている。「ドッドソン」と発音しようとしているが、つい、「ドジソン」の音が出てきてしまった、そんな感じがする)。 非常にコンパクトなキャロルの伝記番組といえるだろう。

「アリスの」映像作品についてご意見・情報などお寄せ下されば幸いに存じます。(To: cxj03744@nifty.com)


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