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タイトル『不思議の国』テクストの異同について
記事No39
投稿日: 2003/12/28(Sun) 11:07
投稿者書生 < >
現在、私は『不思議の国』初版、2版と、それ以降の版、とりわけ最終形(9版)の間の細かな違いについて関心を持っている、というか調べる必要に迫られているんですが……その異同を逐一とりあげてリストにしたような研究なり出版物というのはあるんでしようか?
このサイトの中でも解説しておられる3章ネズミの尾話の詩形とか、can'tをca'n'tと表記するようになったとかの目を引く部分については、今さら私なんかの言い足す事柄もないと思うんですが、どうも、もっと小さな違いが気になるんですね。
例えば、初版でセミコロン(;)だったのをコロン(:)に変えたり、ピリオドにしたりという部分が散見されるんですが。
こういう細部については「10章のロブスター、フクロウとヒョウの詩を除き、初版と最終形の差はマイナー・チェンジである」ということで切り捨てられて来たような気がします。実際、それほどマニアックでない読者なら、そんなのどうでもいいだろうと感じるかも知れませんが、英文本来のリズムはどうなのかとか、それを翻訳に移すさいはどういう文体をとるべきか、みたいなことを考える人にとっては、無視できない問題かと思います。

せめて最終的な文章がどういう形になっているのか、くらいは正確なところを知りたいと誰しも考えるはずなんですが、本当に信用の置けるテクストが手に入るかとなると、これまた微妙で……
具体例をあげると、「コウモリはネズミを食べるか?」という部分、
“Do bats eat cats?”〔,〕 for,you see,
カギかっこの中のカンマは、ロジャー・グリーン編集のオックスフォード版ペーパーバックにはありますが、ガードナーの『決定版 註釈アリス』にはありません(どちらも最終形の9版をもとにしたテクストとは思うんですが)。
3章コーカス・レースの説明場面、
(And,as you might like to try the thing yourself,some winter-day,I will tell you how the Dodo managed it.)
winter-dayのあと、グリーン版ではピリオドになってます。ガードナー版はカンマですね。
“One,two,three,and away!”のあとにも、グリーン版ではカンマがありますが、ガードナー版にはない。
ロジャー・グリーンやガードナーが信用できないんじゃ、いったい誰を信用したらいいのか(笑)
まぁ厳密に言えば二次的なテクストというのは、すべて当てにならないわけで。そこで、初版復刻や最終版を所蔵しておられる木下さんに正確なところをうかがおうと思った次第です。

タイトルRe: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No40
投稿日: 2003/12/28(Sun) 21:27
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
多分、あるだろうとは思いますが、私の知る範囲では、ちょっと思いつきません。知っている中で詳しいのは、初版と二版に関してはSelwyn GoodacreによるAlice's Adventures in Wonderland: Census of the Suppressed 1865 "ALICE"だと思います。あとはLewis Carroll Handbookくらいしか思いつきませんね、残念ですが。もう少し版が揃ったら、私自身でも少し調べようとは思ってはいるのですが.....。

ただ、

>せめて最終的な文章がどういう形になっているのか、くらいは正確なところを知りたいと誰しも考えるはずなんですが、本当に信用の置けるテクストが手に入るかとなると、これまた微妙で……

これについては、原典を入手する以外に方法がないのではないかと思います。そして、その最終版自体が「信用おける」かとなると至って微妙です。特に第9版ではcan't→ca'n'tのような大幅な書き換えを行っているので、出た当時の版には誤植もあったと思われます(事実、nevarをキャロル死後の編集者はneverの誤植と思いこんだわけで)。グリーンにせよガードナーにせよ、そういったテクストの中から誤植やキャロルの誤記とおぼしき部分を修正して、キャロルの書いたであろう決定稿を復原するわけですから。特にcommaやperiodについてはそれぞれの文法に関する解釈から「ここには本来commaがあったのか、何もなかったのか」を考えて復元作業を行うので、完全な復刻というわけではありません。

お役に立てなくて申し訳ありません。

タイトルRe^2: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No41
投稿日: 2003/12/29(Mon) 00:23
投稿者書生 < >
さっそくの回答、ありがとうございます。
確かにどんなテクストにも誤記は含まれるわけで、私もNo.39の記事では「コウモリはネコを食べるか?」を「ネズミを食べるか?」だの書いてるし(笑) こんなポカをやる人間が、あんまり厳密な校訂なんて作業は不可能だろうから、初版・二版、その後のバージョンの異同みたいなことはホントのところ蒐集家の方にお任せしたい、というか自分自身でやることは避けたい(笑)のですが、ただ最終形がどうなのか、という点。いくつかある疑問な部分については、この掲示板で木下さんと会話できれば、かなりの程度、解消するんじゃないかとも思うわけです。
前の記事ではグリーンもガードナーも信用できない、みたいなことを書きましたが、この2つのテクストの間の差は微細なものなんですね。
No.39の記事で「具体例」というのをあげましたが、たぶん『不思議の国』前半の章で、カンマとピリオドが食い違うのはこの3箇所くらいです。見落としもあるかも知れないし、後半の章は確認途中ですが。
コロン、セミコロンとかは見事に一致している。
グリーンのオックスフォード版は、英国流に、引用符をコーテーションの中にダブル・コーテーションという形にしていますから(キャロルはもともとダブル・コーテーションの中にコーテーションという形で書いてますよね?)、見た感じはガードナー版と大きく異なりますが、それを除けば、ほとんど同一のテクストです。だから初版やいくつかのバージョンとの異同とかを気にしなければ、最終形を「決定」するための方針を立てるのはそんなに難しくないんじゃないかと素人考えに思ったりもして。
もちろんガードナーにもグリーンにも編集方針のようなものがあって、ガードナーなら2章はじめのほう、白ウサギがアリスに声をかけられ驚いて手袋も扇子も落として逃げる場面に使われる skurriedという動詞を scurriedと「修正」している。ということはキャロルの誤記と解釈したんでしょうが、グリーン他たいていのテクストでは skurriedですね。おそらくキャロルの「書き癖」くらいに考えたわけだ。Alice's Adventures under Groundでも skurriedだし、もし初版でも最終形でも skurriedなら、「修正」する必要はないだろうとも思いますね。ca'n'tをcan'tと表記するようなテクストなら、 scurriedに変えたほうが読みやすくていいけれども。でもまぁ scurriedに書き換えるということも、これはこれでひとつの方針でしょう。
グリーン版の特徴としては、tomorrowを to-morrow、todayを to-dayと表記するというのがあります〔ペンギン・クラシックス他でも同様ですが〕。
これもキャロルの「書き癖」だろうと思うんですが、たいていのテクストはふつうの表記に直してますね。
to-morrowが出てくるのはカエルの従僕が「明日まではここに座ってるよ」と言う部分ですが、最終形でもハイフンが入ってるかどうか、というのを木下さんにお訊きしたいんです。
私はグッデイカーの本も国際児童文学館にたまに行ったとき、パラパラッと見るくらいで、自ら原典に手を出そうなんてしようものなら、何十年先になるやら見当もつかないので(笑)

タイトルRe^3: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No42
投稿日: 2003/12/29(Mon) 01:30
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
そうですね。scurriedについては、おそらくOEDの見出しがこうなっていて、多くの辞書の見出し語もこうなっていることから正書法としてはこちら、といった感じで修正したのでしょう。
to-day, to-morrowについてはキャロルはハイフンを入れる書き方をしています、これは『鏡の国』の一日おきのジャムの場面でも同様です。

グリーンやPenguin Classicsのペーパーバックスにはnotes on the textとして、本文についての説明がありますし、特にグリーンのものにはtextual notesがあるので、そのあたりを読むことで、幾分、参考になるのではないかと思います。対してガードナーのものは本文についての説明がありませんよね。
そういう意味でもグリーンの本文は信用できる、として良いのかも知れません。
とはいえ

>“Do bats eat cats?”〔,〕 for,you see,
カギかっこの中のカンマは、ロジャー・グリーン編集のオックスフォード版ペーパーバックにはありますが、ガードナーの『決定版 註釈アリス』にはありません(どちらも最終形の9版をもとにしたテクストとは思うんですが)。
3章コーカス・レースの説明場面、
(And,as you might like to try the thing yourself,some winter-day,I will tell you how the Dodo managed it.)
winter-dayのあと、グリーン版ではピリオドになってます。ガードナー版はカンマですね。
“One,two,three,and away!”のあとにも、グリーン版ではカンマがありますが、ガードナー版にはない。

1897年版では、すべてコンマだったりしますが。
ちなみに上の3箇所、Penguin Classicsでは、すべて1897年版通りです。

タイトルRe^4: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No43
投稿日: 2003/12/30(Tue) 10:18
投稿者書生 < >
グリーン版が原典に忠実に見えるひとつの要因として、各章の章題と、章の最初の語を大文字で書く、ということがありますね。
つまり第1章なら、DOWN THE RABBIT-HOLEというタイトルを少し小さめの活字で打って、
ALICE was beginning to get very tired ……と続ける。
で、このときに最初の一文字(A)だけふつうの大文字で打って、続く文字(LICE)はポイントを小さくして打つ、というあたりも、原典をマネてるわけでしょう(こういうのをドロップキャップじゃなくて、なんと言うんだったかな? 詳しくご存じの方があれば、木下さんに限らず、教えていただきたいんですが…)。
こういう面は、言葉の意味に関係しないので、どうでもいいと思えばどうでもいいわけですが、文章のデザインというかタイポグラフィ的なものに関心を持つ人にとっては重要でしょう。
で、ちょっと気になって木下さんにお訊きしたいのは、
『不思議の国』の巻頭詩は、グリーン版では、
All in the golden afternoon なのですが、
市販のテクストではALL in the ……と始まるものが、けっこうありますね。グリーン版でも『鏡の国』だと巻頭の詩も巻末の詩も、そういう始まり方をしているし、もっと言えばキャロルの詩はたいてい本来そういう書き方をされてるでしょう。
これは『不思議の国』の巻頭詩だけが、例外と見ていいんでしょうか?(キャロルがこの詩に関してだけ、そういう表記をするように指示し忘れたのか、意図的なものかは、ちょっと解りそうにもありませんが、グリーンの誤りということではないだろうと思うんですね、予測として。)

to-day,to-morrowの問題に関連することで補足しておくと、to-nightという表記もあります。第1章、アリスが落下中に、
“Dinah'll miss me very much to-night, I should think!” (Dinah was the cat.)
「ダイナは今夜、すごく寂しがるだろう」と言う箇所。これはガードナー版でも to-nightとハイフンが入っている。どうして to-nightだけハイフンを入れて、today、tomorrowはふつうの表記に直したのか、意図がよく解らない(もちろん古典的にはmorrowだけで一語として成立しますから、キャロルの to-morrowという表記には一応の“理”があるわけで)。
あるいはガードナー版は、複数の人間が分担して校訂したのかな? という気もします〔ガードナー版にはtodayとto-day、両様の表記があります〕。
これに対してグリーンは、キャロルの日記とかも編纂した人だけに、そうとうのこだわりをもって一人で校訂したんじゃないか?
あくまで憶測ですが、テクストから受ける印象は、そんな感じですね。ただ、そういう編集方法だと、思わぬポカとかやってしまいかねないわけで、
4章白ウサギがアリスを「メアリーアン! メアリーアン!」と呼んで階段を昇ってくるシーン、
Then same a little pattering of feet on the stairs.
この sameがcameの誤りだということは一目瞭然なので、あえて指摘するまでもないんですが、こういう間違いが残ってしまう。
こう考えるとNo.39で紹介したwinter-dayのあとがピリオドになっているというのも単純なタイプミスなんでしょうね。
タイプミス自体はグリーン本人の責任ではないかも知れないけれども、なんかグリーンの場合、ゲラの校正とかも一人でやってそうな気がするし(笑)
ガードナー版だと、こういうふつうの意味での綴り間違いはなさそうです。

それと、グリーン版ペーパーバック巻末のTEXTUAL NOTESにある異同表、というのも、もうちょっと網羅して欲しかったな、みたいなうらみはありますね。

タイトルRe^5: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No44
投稿日: 2003/12/30(Tue) 14:10
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
> 『不思議の国』の巻頭詩は、グリーン版では、
> All in the golden afternoon,なのですが、
> 市販のテクストではALL in the ……と始まるものが、けっこうありますね。グリーン版でも『鏡の国』だと巻頭の詩も巻末の詩も、そういう始まり方をしているし、

ところが、この部分はグリーンが原典通りなんですね。1897年版ではAll in theとなってるんですよ。『鏡の国』がA BOAT, となっているのに対して。

>もっと言えばキャロルの詩はたいてい本来そういう書き方をされてるでしょう。
> これは『不思議の国』の巻頭詩だけが、例外と見ていいんでしょうか?(キャロルがこの詩に関してだけ、そういう表記をするように指示し忘れたのか、意図的なものかは、ちょっと解りそうにもありませんが、グリーンの誤りということではないだろうと思うんですね、予測として。)

ただ、キャロルの詩全般に関して言えば、必ずしもA BOATという書き方をしていません。冒頭の献詩についてだけでも『スナーク狩り』『シルヴィーとブルーノ』『完結編』『子供部屋のアリス』は、軒並み普通の表記です。

タイトルRe^6: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No45
投稿日: 2003/12/31(Wed) 11:18
投稿者書生 < >
> ただ、キャロルの詩全般に関して言えば、必ずしもA BOATという書き方をしていません。冒頭の献詩についてだけでも『スナーク狩り』『シルヴィーとブルーノ』『完結編』『子供部屋のアリス』は、軒並み普通の表記です。

うーん。私にとっての“キャロルの詩”のイメージは結局のところ故・高橋康也教授編集の筑摩書房版『ルイス・キャロル詩集』から一歩も出てないんですが、『ファンタズマゴリア(幻想魔景)』とかは“最初の一語は大文字”の形式で表記されてるんですよね?(ぜんぜん原典とかで確かめるすべもないまま、かなり無責任に書いてますが。)
しかし改めて考えてみると、Alice's Adventures under Groundでも、
 Alice was beginning to get very tired ……
と、ふつうの始まり方をしているわけで、章の頭(と詩の頭)の表現は、キャロルの手稿ではふつうに書かれているんだけれども、出版社側が当時の慣例に従って、ああいう表記にしたものと捉えたほうが自然な気はしますね。
まぁキャロルの意思が、まったく介在してないと断定してしまうのも危険かも知れませんが。
こうなって来ると、突き詰めればキャロルの手稿が問題になるし、ヴィクトリア時代の出版物の全体を見回してみなければならない、ということになって、このスレッドの趣旨からもちょっと外れてくるかと思うんで、話題を変えますが(笑) 木下さんは「9版」と「9版後刷り」というのを所蔵されてるんですよね(この Q&A No.5の宮垣さんとの対話など読むと)。この、最初の刷りと後刷りとの間には何かハッキリした違いのようなものがあるんでしょうか?

タイトルRe^7: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No46
投稿日: 2003/12/31(Wed) 11:28
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
>
> うーん。私にとっての“キャロルの詩”のイメージは結局のところ故・高橋康也教授編集の筑摩書房版『ルイス・キャロル詩集』から一歩も出てないんですが、『ファンタズマゴリア(幻想魔景)』とかは“最初の一語は大文字”の形式で表記されてるんですよね、

いや、Phantasmarosia本体の詩は、各Canto冒頭でも最初の一字のみ大文字です(全体の中の最初の単語、ONEだけは大文字です)。同書に収められている他の詩では最初の一語が大文字になっています。『スナーク狩り』や『シルヴィーとブルーノ』『子供部屋のアリス』なんかだと各章の頭は『不思議の国のアリス』式で、単語すべてが大文字になっています。

> 木下さんは「9版」と「9版後刷り」というのを所蔵されてるんですよね(この Q&A No.5の宮垣さんとの対話など読むと)。この、最初の刷りと後刷りとの間には何かハッキリした違いのようなものがあるんでしょうか?

どうでしょう、本文を詳しく精査したことがありませんから。むしろ一ヶ所、どうしても調べたいがために後刷りを入手したんですよね。それは
http://www.hp-alice.com/lcj/zatugaku/editions.html
http://www.hp-alice.com/lcj/zatugaku/editions/fig6.html
に書いているように、キャロルの前書きの「誤植」の確認なんですよ。キャロルが意図的に"nevar"と書いた単語が"never"と、正しい綴りに「誤植」されてしまい、それが数十年続いた、それについて本当にそうなのか実物で確認したかったんですよ。
と、いうわけで、他の所については、精査していません。
お役に立てなくてごめんなさい。

タイトルRe^8: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No47
投稿日: 2004/01/03(Sat) 16:27
投稿者書生 < >
> Phantasmagoria本体の詩は、各Canto冒頭でも最初の一字のみ大文字です(全体の中の最初の単語、ONEだけは大文字です)。

すると現在流布しているテクストは、最初に出版されたとおりの形式でないものが多いということですね、「ファンタズマゴリア」に関する限り。
それに同じ長詩であっても「ファンタズマゴリア」と『スナーク狩り』とでは、やや形式が異なるということにもなる(これは少し興味を引く事実ですね)。
『不思議の国』等、いくつか現行のテクストをざっと調べてみましたが、章題とか最初の一語をどう表記するかというのは、まったく出版社のお気に召すまま、という感じです。最初の一字が飾り文字であるとか、特殊な造本の場合なら、それはそれでいいんだけれども。
もともとそういう表記がキャロルの意図ではなかったにしろ、最初の出版物はキャロルの眼鏡にかなった、というか少なくとも意図に反していないもののはずだから、 こうまでテクストがバラつくのは問題かな?
もっとも、アリスくらい普及してしまうと、そのへんは追求しても仕方ないか。しかし“詩”のほうは見た目というか、字面が、けっこう重要だし… などと思うことは尽きないですが、この話を展開させようとすれば別のスレッドを立てねばならなくなるので、このへんで打ち止めとして。

nevar→neverの問題を確認するために原典を手に入れてしまう木下さんのこだわりには、全く脱帽です。
それに比べれば普及版のテクストを比較“校訂”するような作業は児戯に類するものですが。まぁ大多数のファンはペーパーバックでしかアリスを読まないわけで、そのテクストを検討することにも、多分いくらかの意味はあるでしょう。…と自分をなぐさめつつ(笑) 話を進めますが。
キャロルの「1896年クリスマス」の前書きは、載せてるテクスト自体少ないけれども、グリーン編集のオックスフォード版ではやっぱりnevarをneverと直してますよね。これは最初のオックスフォード版が1971年発行で、ペーパーバックになったのも1982年であることを考えれば、まぁ仕方がないんだけれども、問題はグリーンが「9版後刷り」を底本にしたかどうか、でしょう。
『不思議の国』の各ヴァージョンを比較して異同表さえ付しているグリーンのことだから、おそらく9版後刷り“も”参照したはず、とは思うけれども。
「9版」と「9版後刷り」のテクストに、もう一箇所でも違いがあればハッキリするんですが…。

ところで、ガードナー版とグリーン版の比較ですが、
8章、庭師の「Five」が女王様のお出ましに驚いて、“The Queen! The Queen!”と叫ぶ場面で、The Queen!”のあと、オックスフォード版とペンギン・クラシックスにはカンマがあるけれど、ガードナー版には無い。これは、前例どおり、ガードナー版の単なる“抜け”かな、と思ったんだけれども…。

女王が雷声で「位置に着け!」と叫ぶ場面、
 “Get to your places!”shouted the Queen in a voice of thunder;
最後がセミコロンなのはガードナー版だけで、オックスフォード版とペンギン・クラシックスはカンマ。
その少し後、
however;they got settled down in a minute or two,and the game began.
このセミコロンもガードナー版だけで、オックスフォード版とペンギン・クラシックスはカンマ。
ところが9章、公爵夫人の前に女王が立ちはだかっていたという場面。「ブタだって空をとんでいいってのと同じだね。で、その、教(訓は)」、
 “Just about as much right,”said the Duchess,“as pigs have to fly; and the m--”
こっちのセミコロンは、逆にオックスフォード版とペンギン・クラシックスにあって、ガードナー版には無い。
同じ章、Tortoiseとtaught usの洒落の少しあと、グリフォンの台詞 「日が暮れちまうぜ!」
Don't be all day about it!”,and
ここのカンマは、例によってガードナー版だけに無いんですが、これだけ食い違ってくると、食い違うだけの理由があるはずだ、と思わざるをえない。
つまり、ガードナー版だけ、ちょっと特殊なんですね。
しかし、それが何故か? となると… お知恵を拝借したいのですが。

タイトルRe^9: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No48
投稿日: 2004/01/04(Sun) 00:27
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
> すると現在流布しているテクストは、最初に出版されたとおりの形式でないものが多いということですね、「ファンタズマゴリア」に関する限り。

と、一概にもいえないのですよ。初出ではまさにそうで、それゆえ先の発言には書かなかったのですが、Phantasmagoriaそのものは、後にRhyme? and Reason? に再録され、このときには最初の一語すべてが大文字になっています。

> それに同じ長詩であっても「ファンタズマゴリア」と『スナーク狩り』とでは、やや形式が異なるということにもなる(これは少し興味を引く事実ですね)。

ですので、Rhyme? and Reason? では(これには「スナーク狩り」も収録されています)、同じ扱いになるわけです。
ちなみに、この時収録された「スナーク狩り」は初出とは本文に若干の異同があるらしいのですが(それも、Rhyme? and Reason? の版によって)、これまでは調べていませんし、Lewis Carroll Handbookにも詳細は載っていません。さすがにいちいち調べるだけのエネルギーは今のところありませんが。


> キャロルの「1896年クリスマス」の前書きは、載せてるテクスト自体少ないけれども、グリーン編集のオックスフォード版ではやっぱりnevarをneverと直してますよね。これは最初のオックスフォード版が1971年発行で、ペーパーバックになったのも1982年であることを考えれば、まぁ仕方がないんだけれども、問題はグリーンが「9版後刷り」を底本にしたかどうか、でしょう。

単純にグリーンが「誤植」と素直に信じただけではないでしょうか? 実際、グリーンも編集に参加したLewis Carrll Handbookにはこの'nevar'の件は載っていません。矛盾を生じない限り、なにも必要以上に物事を複雑に考える必要はないと思いますよ。

> ところで、ガードナー版とグリーン版の比較ですが、
> 8章、庭師の「Five」が女王様のお出ましに驚いて、“The Queen! The Queen!”と叫ぶ場面で、The Queen!”のあと、オックスフォード版とペンギン・クラシックスにはカンマがあるけれど、ガードナー版には無い。これは、前例どおり、ガードナー版の単なる“抜け”かな、と思ったんだけれども…。

97年版も、コンマがありますね。

> 女王が雷声で「位置に着け!」と叫ぶ場面、
>  “Get to your places!”shouted the Queen in a voice of thunder;
> 最後がセミコロンなのはガードナー版だけで、オックスフォード版とペンギン・クラシックスはカンマ。
> その少し後、
> however;they got settled down in a minute or two,and the game began.
> このセミコロンもガードナー版だけで、オックスフォード版とペンギン・クラシックスはカンマ。

97年版ではどっちもコンマですね。

> ところが9章、公爵夫人の前に女王が立ちはだかっていたという場面。「ブタだって空をとんでいいってのと同じだね。で、その、教(訓は)」、
>  “Just about as much right,”said the Duchess,“as pigs have to fly; and the m--”
> こっちのセミコロンは、逆にオックスフォード版とペンギン・クラシックスにあって、ガードナー版には無い。

こちらはセミコロンですね。

> 同じ章、Tortoiseとtaught usの洒落の少しあと、グリフォンの台詞 「日が暮れちまうぜ!」
> Don't be all day about it!”,and
> ここのカンマは、例によってガードナー版だけに無いんですが、これだけ食い違ってくると、食い違うだけの理由があるはずだ、と思わざるをえない。

ところが、ここにはあるんですよね。

> つまり、ガードナー版だけ、ちょっと特殊なんですね。
> しかし、それが何故か? となると… お知恵を拝借したいのですが。

判らない、としか言いようがありません。想像だけならグリーンがイギリス人、ペンギンがイギリスの会社、ガードナー本人はアメリカ人、という解釈も考えられますが、底本が違うということも考えられますしね。とはいえ、わざわざ底本探しをするほどのエネルギーもなく、というところでして。
お役に立てなくて申し訳ありません。

タイトルRe^10: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No49
投稿日: 2004/01/04(Sun) 12:39
投稿者書生 < >
整理すると、キャロルの詩が、たいてい“最初の一語は大文字”で印刷されている、という大まかな認識は別に間違ってないわけですね。ただ「巻頭詩」に関しては、大文字から始まってないことのほうが多い、と。
『スナーク狩り』と「ファンタズマゴリア」は、最終的には、各“章”の頭の一語は大文字という『不思議の国』同様の形式で統一された、ということになる。

次にnevarの問題ですが、
> 単純にグリーンが「誤植」と素直に信じただけではないでしょうか?
これはもちろん、グリーンは誤植と考えたに決まってる。
nevarが ravenを逆転した洒落、という説自体、疑えば疑えないこともないし、本当の誤植が偶然そうなっただけかも知れないし。
世の中には「誤植のほうが面白かった」という例も、まれにありますから(笑)
ただ、私の書きようがマズかったかも知れませんが、No.47の記事ではグリーンがどう考えたかをトレースすることを目指したわけじゃなくて。
例えば実際問題として、私なり、この掲示板の読者なりが、『不思議の国』の原文を論文か何かに引用するとか、印刷物にして配布するとかの必要がある場合、今までの話の流れから言って、ペンギン・クラシックスあたりを底本にして、多少原典の形式に似せようと思えばグリーン版も参照する、といった手順でやるしかない。
しかしグリーン版の底本が「9版」か「9版後刷り」か知りません、というんじゃ一抹の不安が残る。
まぁ正確さを強く求めるなら、原典を参照する機会があって、そこから直に引用することの出来る人だって、「9版後刷り」では、ちょっと変更されてるかも知れない、というんじゃ不安が残るでしょう。
おそらく「9版」と「後刷り」の違いなんて、新たに見つけたとしても微細なものだろうとは思うけれども。
これは木下さん自身が、No.40の記事の段階では、
> 最終版自体が「信用おける」かとなると至って微妙です。特に第9版ではcan't→ca'n'tのような大幅な書き換えを行っているので、出た当時の版には誤植もあったと思われます
…と、少し予断をまじえた、複雑な見方を示されてるわけで、そのあたり私の側としては、何か木下さんが「9版」と「後刷り」の間に“違い”を発見されてるのか否か、確認しとかないわけにはいかなかった、ということです。
ところで、うるさいことを訊きついでに、もう一点だけ、どうでもいいようなことをお訊きしたいんですが、
ペンギン・クラシックスの場合、原典の“扉”のコピーみたいなものがはさまってますよね。

 ALICE'S ADVENTURES
  IN WONDERLAND

      BY
  LEWIS CARROLL
   (…中略…)
      1898
というのが、あるんですが、初版の複写等を見ると、
WONDERLANDのあとにピリオド、CARROLLのあとにもピリオドがありますね、何故か。
各章題のあとにも、DOWN THE RABBIT-HOLE.という感じで、ピリオドがあったりするんですが、このピリオドって最終形では消えてるんでしょうか、残ってるんでしょうか?
ホントにどうでもいいような質問で恐縮ですが。

あとガードナー版だけが何故か違う、という問題に関して、ちょっとだけ。
> 想像だけならグリーンがイギリス人、ペンギンがイギリスの会社、ガードナー本人はアメリカ人、という解釈も考えられますが、底本が違うということも考えられますしね。

いや、いくらアメリカ人だからって元がカンマのものをセミコロンに変えたりはしないと思いますし(笑) 普通に考えれば底本が違うんでしょうが、私個人の関心領域から言えば、カンマかセミコロンかの問題は大きいです。
というのも具体的に日本語に移すことを考えれば、例えばカンマとピリオドの違いなんてのは厳密に訳文に対応させることは不可能な(原文が長すぎれば、いくつかの短文に区切って訳さないといけない)わけですが、コロンやセミコロンであれば、それを訳文に反映させることが出来る。
アリスを原文で読んだときの最初の印象も、コロンやセミコロンがやけに多いな、というものでしたが、今までの数多い翻訳で、コロンやセミコロンをいちいち反映させたものはない。…ということで、最終形におけるコロンやセミコロンの位置を正確に知っておきたかったんです。
だから、ガードナー版のテクストの性格がどうなのか自体は、ホントいうと私個人にはどうでもいいんですが(笑) 
しかし引用符を閉じたあとのカンマがしばしば消える、というのはガードナー版だけに見られる現象で、一度や二度なら単なるタイプミスとも思えるけれども、これだけ続けば、やはり別の底本がある、と考えたほうがいいんでしょう。
まぁ私が底本を見つけられないからといって、木下さんに底本探しを押しつけるのも身勝手な話なわけですが、木下さん以外でも掲示板読者の方で詳しい人があるかも知れないし、謎は謎として公開しておくのもひとつの方法かな、と思います。

タイトルRe^11: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No50
投稿日: 2004/01/04(Sun) 14:14
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
> ところで、うるさいことを訊きついでに、もう一点だけ、どうでもいいようなことをお訊きしたいんですが、
> ペンギン・クラシックスの場合、原典の“扉”のコピーみたいなものがはさまってますよね。
>
>  ALICE'S ADVENTURES
>   IN WONDERLAND
>
>       BY
>   LEWIS CARROLL
>    (…中略…)
>       1898
> というのが、あるんですが、初版の複写等を見ると、
> WONDERLANDのあとにピリオド、CARROLLのあとにもピリオドがありますね、何故か。
> 各章題のあとにも、DOWN THE RABBIT-HOLE.という感じで、ピリオドがあったりするんですが、このピリオドって最終形では消えてるんでしょうか、残ってるんでしょうか?

書生さんが挙げた以外の部分も含めて『不思議の国』のマクミラン版の、題の部分は

1.扉の前に"ALICE'S ADVENTURES IN WONDERLAND."の題
2.扉に書かれた題
3.各章の章題

の三つがあります。
このうち、1と3は9版の後刷りまでピリオドがある。
2のみ、6版にはピリオドあり、7,9版にはなしです。そこから初版→6版までと、7版での大きな改稿以降とで変わっている、と考えられます。
鏡の国についても似たような経緯をたどっていると思われます。初版では2にピリオド、コンマあり、4版ではどちらもなしですから、いつの版から変わったかは不明にしても、同じような変遷があったと考えて間違いないと思います。

タイトルRe^12: 『不思議の国』テクストの異同について
記事No51
投稿日: 2004/01/24(Sat) 00:54
投稿者大西小生 < >
参照先http://www.eonet.ne.jp/~shosei/alice/
前項まで、小生と名前の似た人(笑)の面倒な質問に答えていただき、ありがとうございます。
おかげで『不思議の国』原典の最終形は、こうだろう、という、確信らしきものが持てました。

> 2のみ、6版にはピリオドあり、7,9版にはなしです。そこから初版→6版までと、7版での大きな改稿以降とで変わっている、と考えられます。

なるほど。ピリオドひとつとっても、けっこう何かのメルクマールになってるかも知れないわけだ。一般読者には、どうでもいいことだけども、研究者が見れば、また何かの発見につながるのかも知れない。

では、また質問、…とともに「情報提供」のつもりで書くんですが、〈ペンギン・クラシックス〉版のテクストにも、細かい疑問点は多数あります。列挙すると…
ネズミの尾話の少し前、
 “It is a long tail,certainly,”said Alice,looking down with wonder at the Mouse's tail;
ガードナー版もグリーン版もセミコロンですが、〈ペンギン・クラシックス〉だけコロンですね。
尾話のすぐあと、
 “A knot!”said Alice,always ready to make herself useful,and looking anxiously about her “Oh,do let me help to undo it!”
〈ペンギン・クラシックス〉は、herと“Oh,の間にピリオドがある。
8章、トランプたちの行進の場面、
 When the procession came opposite to Alice,they all stopped and looked at her,and the Queen said,severely,“Who is this?” She said it to the Knave of Hearts,who only bowed and smiled in reply.
〈ペンギン・クラシックス〉は、“Who is this?”.と、何故かピリオドがある。もし原典にピリオドがあったとしても、さすがに、これは誤植かなと思いますが。
同じ章、チェシャ猫が現れる直前の段の結びのアリスの台詞、
the great wonder is,that there's any one left alive!”
〈ペンギン・クラシックス〉は、anyoneで一語ですね。他の箇所ではsome oneとか、any oneとかにしているのに。
9章、女王が公爵夫人の前に立ちはだかっていた、という場面、
even in the middle of her favourite word‘moral,’
ここは〈ペンギン・クラシックス〉を採用しましたが、ガードナー版は“moral”,ですね。グリーン版は“moral,”ですが、これは英国流の表記なので実質〈ペンギン・クラシックス〉と同じということになる。
次は同じ章後半、「正課しか、とらなかった」と嘆く部分、
 “I couldn't afford to learn it,”said the Mock Turtle,with a sigh. “I only took the regular course.”
the Mock Turtleのあとのカンマが〈ペンギン・クラシックス〉には、ありません。
 “Hadn't time,”said the Gryphon:“I went to the Classical master,
Gryphonのあと、〈ペンギン・クラシックス〉はピリオド。

10章、タラの歌の最終行、ここは〈ペンギン・クラシックス〉の例を挙げますが、
 Will you,wo'nt you,will you,wo'n't you,won't you join the dance?
ふつうに考えて、全てwo'n'tでなければ、おかしい。

どうせなので、どっちでもいいようなことも訊いておくと、
11章、帽子屋の帽子を王様が「贓物か!」と、のたまう場面、
“Stolen!”ですが、〈ペンギン〉以外の版は、!の部分までイタリックになっている。
4章、ウサギの家の表札、
“W.RABBIT”を〈ペンギン〉は活字のポイントを小さくして打っている(すぐあとに出てくる、今度は“DRINK ME”の言葉がない、という部分は、ふつうのポイントの大文字で打ってるのに)。
これって、もともと原典では、どうなってるんでしょうか?