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タイトル『キャロルの日記』1863年6月辺りの欠落部分についての質問
記事No237
投稿日: 2006/02/20(Mon) 22:37
投稿者Forest
1998年に発行された『「不思議の国のアリス」の生誕』という本があります。
その本の86ページに、キャロルの日記の1863年6月の日記の一部が切り取られていると書かれてありました。
『キャロルの日記の一部は姪によってカミソリで切り取られたらしい』とも、そのページの下の段に書かれていたので、丁度別スレにあった↓のサイトを参考に調べてみました。

http://lewiscarrollsociety.org.uk/pages/lewiscarroll/diarypages.html


で、↑のサイトを見て疑問に思ったのですが、上のサイトの『見当たらないページ(The Missing Pages)』に、上記に書いた『姪に切り取られたらしいページ』が含まれていないのでしょうか。
そのサイトに書かれているもので、その時期(6月)に失われている日記の部分は、6月27日〜29日です。

その切り取られたページは、6月16日にあった楽しい出来事(キャロルとリデル姉妹がニューナムへ出かけた時のこと)が書かれているところの、まさに次のページらしいのですが、見当たらないページに含まれていないということは、『もう既にその部分が見つかった』ということでしょうか。
それとも『切り取られたという部分が6月27日〜29日』だったのでしょうか。
今回の質問はコレです。

キャロルが自身の日記を『毎日』ではなく『隔日』で書いていたというのなら、まだわかります。
しかしそこのところが今の私にはわからないので、この掲示板で質問させてもらうことにしました。

もしそのことに関してご存知なら、教えていただきたいです。
別スレに似たような題材(日記に関して)のものがありましたが、そちらとはまた違った疑問点になってる気がしたので、一応別にして書きました。




余談ですが、そのサイトの更新が2005年らしいので、1998年に発行された『「不思議の国のアリス」の誕生』よりも情報が最新なのだと思いますが、やはりこの本の情報は遅れているということになるんでしょうか。

タイトルRe: 『キャロルの日記』1863年6月辺りの欠落部分についての質問
記事No238
投稿日: 2006/02/21(Tue) 00:50
投稿者木下信一 < >
キャロルは、必ずしも毎日日記をつけていません。毎日書いていることもあれば、何日も書いていないこともあります。後から、その日のことを書き加えることもあります。
日記の失われた記述、というのは、この本の出ている時から、ずっと6月27日〜29日とされています。

タイトルRe^2: 『キャロルの日記』1863年6月辺りの欠落部分についての質問
記事No240
投稿日: 2006/02/21(Tue) 20:26
投稿者木下信一 < >
家とは別の所に置いてある、日記の、該当部分を見てみました。
6月16日は当時の皇太子夫妻がオクスフォードへ来駕した記事になっています。この日の記述の冒頭に、キャロルはAn eventful day.とは書いていますが、これは皇太子氏関連の記事です。その後、17, 18, 21, 22, 23, 24日の記事が続き、アリス達とニューナムへ行った記事は6月25日でした。
その次の記事が27日で、その途中から切り取られています。
ストッフルの『「不思議の国のアリス」の誕生』の86ページには、ニューナムへいった記事のあとが切り取られているとありますから、実際の日記の通りになっています。
むしろ、疑問に思うのは、この6月16日というのは、Forestさんは、どこで見つけられたのでしょうか?
少なくとも、この本の該当ページには6月16日という記述はないのですが......。

タイトルRe^3: 『キャロルの日記』1863年6月辺りの欠落部分についての質問
記事No241
投稿日: 2006/02/21(Tue) 21:11
投稿者Forest
返信送れて申し訳ないです。わざわざ調べて頂いて、ありがとうございました。

で、その16日の件ですが、『「不思議の国のアリス」の誕生』のほうには、確かに6月16日という表記は全くありません。
その本には、『6月ごろ』と曖昧になっています。
なので適当にネットで調べてみたところ、↓のサイトで6月16日となっているのを見つけました。

http://members.at.infoseek.co.jp/handa_m/tosho/alice.htm

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 1863年の6月16日(アリス11歳)、リデル一家とのニューナムへの遠足が、楽しい想い出の最後である。翌日、アリスの母親はキャロルが娘達の写真を撮ることを拒んだのだ。そして、6月30日、リデル家はランディドゥノウにある夏の別荘にそくさくと出発し、これ以降、キャロルとアリスの「黄金の午後」は二度とやってこなかった。
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の、部分を見て、『6月16日がニューナムへ行った日付』のように見えたので、『ニューナム遠足は6月16日』と私が勝手に思っていたわけです。


これはそのサイトの表記が間違ってしまっているということでしょうか。
それとも、キャロルが16日に体験した(?)ニューナム遠足を25日に後から遅れて書いたということでしょうか?

それか私の文章の読み方が間違ってるかです。現在の私だとこっちのほうが可能性として高いんですが。
いろんな情報サイト見てるうちに頭がこんがらがってきたので。

タイトルRe^4: 『キャロルの日記』1863年6月辺りの欠落部分についての質問
記事No242
投稿日: 2006/02/22(Wed) 01:08
投稿者木下信一 < >
参照先http://www.hp-alice.com/
自分のサイトを棚に上げて言うわけでもありませんが、基本的に引用/参考文献のないサイトや本は信用しない方が良いと思われます。

>1863年の6月16日(アリス11歳)、リデル一家とのニューナムへの遠足が、楽しい想い出の最後である。

大間違いです。

件のページの場合、参考文献は1972年の別冊現代詩手帖と1977年のユリイカですよね。そうだとすると、原典に当たっていない可能性が高いと考えられます。
特にこの二冊の中で種村季弘が求婚伝説を流したり、他の筆者が少女愛者説を流したりと、今となっては、事実関係において信用できるかというと、疑問符がつくようなところもあります。

こと事実関係については、1995年以前の日本の雑誌の特集は信用しないほうが良いと思われます。
「悉く書を信ずれば、即ち書無きに如かず」という先人の言葉もあります。

タイトルRe^5: 『キャロルの日記』1863年6月辺りの欠落部分についての質問
記事No244
投稿日: 2006/02/22(Wed) 18:59
投稿者Forest
サイトのほうが間違ってしまっていたのですか。

サイトごとの参考文献を見ることで事実関係を確認する方法は、思いつきませんでした。
キャロルの人間性に関しての正誤までは一応知っていました。
ちょうどこちらのサイトに『日本のサブカルチャーにおける《ルイス・キャロル=ロリータ・コンプレックス》像の定着史』というのが載せられていたので、色々と参考にさせてもらいましたが、まさか年代まで間違ったものが各ネット上に広がってしまっているとは、思いもしませんでした。私の勉強不足です。
とりあえず、1995年以前の日本雑誌のキャロルとアリスの特集は信用しないようにはしておきます。
全てにおいて間違ってるわけではないと思いますが、今回の件もあったので念のために。

とにかく、今回は色々と勉強させてもらいました。改めてありがとうございます。
どうしても自分の力だけでは調べられないことがあった場合、またこちらでご質問させてもらうことになるかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします。
もう既に一つ疑問がありますが、あまり連続で質問してしまうとそちらの時間を割くことになり当然ながら悪いと思うので、またの機会にお願いすることにします。

何度も言うのもなんですが、今回は本当にありがとうございました。では。